珍しく真面目なやつら
俺はすぐさま柚子白に念話を送った。
(柚子白、柚子白。おい、起きろ!)
(ん……。なによ、急に。うっさいわね……)
(オーダーだ! 神様オーダーが来た!)
雑音めいた悲鳴が念話越しに飛んでくる。飛び起きた柚子白の姿が目に見えた。
(あんた……! それ、冗談じゃないでしょうね!)
(今回はマジだ! いいから来い、街の入口で落ち合おう)
(すぐ行くわ!)
最低限のやり取りで念話は切れる。俺も急いで走り出した。
移動する手間ももどかしくて、ある程度ミーシアと距離をとったところで飛行魔法に切り替える。ズル禁止なんて言っていられる余裕はない。隠密魔法も併用し、流星のように飛んで町の入口に着地した。
「遅い!」
柚子白はすでに待っていた。
着るものを着て飛び出してきたといった様子だ。髪にまだ寝癖がついている。だけど、そんなことを気にしている余裕はない。
今回のオーダーについて手早く説明する。古城探査と魔王討伐。内容を聞いた柚子白は、目頭を押さえて顔を伏せた。
「……最悪ね」
そう言いたい気持ちはわかる。悪態をつきたいのは俺も同じだ。
「どんなオーダーかと思えば、よりにもよって【魔王】バアルバアルね……。どうするの、勝てるの?」
「勝ったことはあるらしいぜ」
「準備万端で挑んでも負けたことがあるって意味よ、それは」
違いない。今回の人生の俺たちは、以前とは比べ物にならないくらいに弱い。
メディに稽古をつけてもらって以来それなりにトレーニングはしてきたが、あくまでも常識の範疇だ。並の魔王種ならともかく、【魔王】を相手取るにはあまりにも心もとない。
それに、不安材料はもう一つある。
「ああもう、こんなことならちゃんと寝とけばよかった……!」
そう。寝不足である。
「柚子白、お前体調はどうだ」
「体力は半分、魔力は七割ってとこね。昨日アホみたいなことするから……!」
「俺もコンディションはよくない。いや本当にアホだったわ」
「これが原因で負けたら笑い話にもならないわ。私たち、女取り合ったせいで負けるの? アホじゃない?」
「勝てばいいんだよおッ!」
ほとんど悲鳴だった。確かにアホな人生だけど、アホな終わり方をしたいとは思っていない。寝不足で負けるなんて、あまりにもアホアホすぎる。
「どうする、帰って一度寝るか」
「あんた、寝られるの?」
「無理に決まってんだろ」
「でしょうね。私もよ」
仕方ない。俺は高位の回復魔法を発動し、柚子白は空中に魔力再生の魔法陣を描いた。体力と魔力はこれで回復できる。精神的な疲労までは回復してくれないが、その程度は無視できる問題だ。
「準備とかは……するだけ無駄ね。武器も防具も、アッツェンで手に入るものなんて焼け石に水だわ。このまま行くしかない」
「王都に寄って手に入れるって手もあるぞ」
「お金がない。盗むことになる。でも……。それは、嫌でしょう」
それはそうだ。この期に及んでこんなことを言うのもあれだが、俺たちは今回の人生を楽しみたい。
なんでもありならいつもの人生でいくらでもやってきた。ここに来て方針を変えるのは嫌だ。ズル禁止縛りがどうのと言う気はないが、他人に迷惑をかけるのは話が変わってくる。
「せめて短期間で強くなる方法とか……」
「あるわよ。部分的に人体を失う邪法、精神が闇に染まる呪術、大量の生贄を必要とする禁呪。その手の呪術邪法ならいくらでも知ってるわ。やる?」
「……何でもいいから勝てばいいってわけじゃない。勝って青春の続きをしたいんだよ」
「そういうこと。ぐだぐだ言ってないで腹くくるわよ」
結局、やるしかないらしい。そりゃそうだよな。
ちょっとだけ後悔した。こんなことならもっと真面目に修行しておけばよかったと思うのは現金だろうか。でも、真面目に修行してたらたぶん、こんなにも負けたくないとは思わないんだよなぁ……。
「しょうがない。行こうぜ、柚子白」
「そうね、さっさと終わらせちゃいましょう。勝つのよ。勝って、人生を続けるの」
勝とう。もう、それしかない。勝って帰ってくればいい。
勝てば手に入れ、負ければ失う。あまりにも当たり前な冒険者のルールだ。人生を賭け金にした取り返しのつかないギャンブル。平和な世界ではめまいがするような悪夢でも、俺たちにとっては日常でしかない。
気づけば空は薄暗い雲で閉ざされている。ぽつぽつと、雨が降り始めていた。
*****
草原に置いてけぼりにされたミーシアは、ちょっとだけ泣きそうになっていた。
ミーシアは今日という日をとても楽しみにしていた。早起きして、お弁当を作って、三十分も早く待ち合わせ場所について。彼と合流してからも、とても楽しい時間を過ごせていた。
なのにこの突然の置いてけぼりである。しかも雨まで降ってきた。もう泣きそうだ。
ミーシアはまだ、自分の中に芽生えはじめた感情を自覚していない。
魔法の才を認められて以来、ミーシアは高名な魔法使いのもとで魔法修行に明け暮れてきた。ゆえに同年代と話す機会は少なく、その手の話題にも疎かった。だからどうしてこんなに落ち込んでいるのか、ミーシアは自分でもよくわかっていない。
寂しいだとか、悲しいだとかと思う気持ちはある。だけどそれよりも、心配が一番にあった。
「クルさん……。どうしたんだろう……」
魔法練習を始めようというタイミングで、枢木の様子がおかしくなった。
ミーシアからしては突然のことだ。それまでは(かなり眠そうだったことを除いて)いつもの彼だったのに、一瞬にして表情が変わる。立ち尽くして拳を握り、茫然自失とする様は、明らかに普通ではなかった。
何かがあったらしい。だけど、説明もしないで枢木はどこかへ行ってしまう。あまりにも突然のことに、ミーシアは泣きそうになりながら困惑するしかなかった。
「えっと……。どうしよう……?」
帰ってふて寝したいというのが本音だ。だけどそれをぐっとこらえて、気持ちを落ち着けると、やっぱり心配という気持ちがでてくる。
彼に何があったんだろう。何か大変なことに巻き込まれてるのかもしれない。もし困っているのなら、何か力になれることはないだろうか。
もしかしたら迷惑かもしれないけれど……。それでも。
少しだけ迷った末に、ミーシアは行動に移すことにした。
「お師匠様は、悪いことに使うなって言ってたけど……」
最近使えるようになったばかりの魔法を詠唱する。追跡魔法。記憶した魔力の波長をもとに、特定の人物や生物の位置を探し当てる魔法だ。
探索依頼の時にでも披露しようと思っていた魔法だったが、使うべき時は今かもしれない。
むにゃむにゃと呪文を唱えて魔法を発動すると、枢木の居場所がなんとなくわかった。
枢木の隣に感じられるのは柚子白の波長だ。二人で行動しているのだろう。だけど、おかしなところがあった。
「空の……上……?」
枢木の居場所は空の上を高速で移動している。飛んでいるのだろうか。でも、どうやって?
アッツェンの郊外に向かっていく彼の方向をなんとなく見上げる。降り始めた雨が、彼女の頬をぺたりと濡らした。




