俺たちの青春はこれからだ!
人生を千周もしておきながら女の子一人笑顔にできなかった俺たちは、日暮れ前にアッツェンの街まで戻ってきた。
帰り道はほぼ無言だった。もうなんか、何も言えなかった。ちょこまるすらも居心地悪そうにしている空気の中、時々漏れ聞こえるミーシアの嗚咽が俺たちの心を締め付ける。ソウスケくんはめーめーと元気に鳴いていた。
「その……。今日は、すみませんでした」
ソウスケくんを牧場に送り届け、ギルドに達成報告をした後。ミーシアはようやく口を開いた。
「急に泣いちゃったりして、本当にごめんなさい……。情けないですよね、ボク……」
「そんなことない! そんなことないよ、みーくん!」
「いや、あれはしょうがない! ミーシアは悪くないぞ!」
全力だった。全力のフォローだった。千の人生経験なんてものは、この場において何一つ役に立たなかった。
「色々あったけど、初めての探索依頼を成功させたんだ。そんなに気落ちすることないじゃないか、なあ?」
「そうだよ! 牧場の人もすっごい喜んでたじゃん! 思ってたのとはちょっと違ったかもしれないけど、みーくんは一匹のヤギを救ったんだよ!」
ちょこまるも、元気だしてください、という顔をしていた。そんなちょこまるを見てミーシアは力なく微笑む。……え? ちょこまるなの? ちょこまるで立ち直るの? 俺たちのフォローは?
「そうですね……。なんだか散々でしたけど、今日のことはいい思い出になる気がします」
まあ、それは間違いない。思い返せば俺も柚子白も、初めてこの依頼を達成した時は似たような徒労感を味わっていた。いい思い出になると思うよ、人生を千回繰り返しても忘れないくらいに。
「ボク、もっと強くなります。魔法をいっぱい練習して、色んなことを勉強します。もう泣いたりしないように。だから……」
ミーシアは顔を上げる。泣きはらした赤い目は、少しだけ強くなっていた。
「また、僕とパーティを組んでくれますか?」
もちろんだ。俺たちは一も二もなく頷いた。
なんだか色々あったけれど、パーティ解散の危機は乗り越えられたらしい。いい感じだ。なんだかとってもいい感じだ。大体こんな感じだよな、俺たちの人生って。
また明日も三人で冒険をしようと約束をして、今日のところはお開きだ。
いい感じの思い出を胸に、俺たちは弾む足取りで帰路につく。宿に戻り、荷物を下ろしてふうと一息。
「なんか、楽しかったわね」
幼女の仮面を脱いだ柚子白は満足そうにしていた。
「今日も楽しかったな」
「ええ、いっぱい遊んだわ。ちょこまるもお疲れさま」
ちょこまるのアゴをもふもふなでて、柚子白は召喚門を開く。お疲れさまっした、と頭を下げて、黙示録の獣は門の向こうに還っていった。
「それで枢木。あんた、ミーシアのこと好きなの?」
「なんてこと聞くんだよお前」
「いいじゃない。そろそろ本音のお時間よ」
本音って言われても、別に嘘をついた覚えはない。俺はミーシアのことが好きだ。だけどそれは、たぶん柚子白が期待している意味ではなくて。
「いい子だよな」
「そうね。すっごくいい子ね。で?」
「で? って言われても、それだけだが」
「……ま、あんたがそう言うなら、それでいいけど」
ふふんと彼女は鼻を鳴らす。なんとなく機嫌がよさそうだ。柚子白とは恐ろしく長い時間を共にしてきたが、それがどういう心の動きなのかはわからなかった。
まあ、なんだっていいや。今日は一日中森の中を歩き回って疲れた。難しいことを考えるのはまた今度にしよう。
「それより柚子白、飯食いに行こうぜ」
「今日はお酒飲みたいわ」
「まだガキの体だろ。我慢しろ」
ケチ、と柚子白は笑う。今日は何食べようか。依頼報酬も入ったことだし、ちょっとくらい豪勢にいってもいいかもしれない。それならミーシアも誘おう、と柚子白が提案して、俺はすぐに賛成した。
頭の中で何件か飯屋の候補をあげながら、財布の具合を確かめる。そこそこ貯まってきた金貨の輝きに、ふとこんなことを思い出した。
(そういや、そろそろ入学用の資金も貯めないとな)
毎日が楽しくて忘れがちだが、当初の目的は学校だったはずだ。
いつかお金が貯まったら、アッツェンを離れて王都に行こう。王都にはこの国最大の学園がある。庶民から貴族まで、才ある人々が集まる学園が。
だけどはっきり言って学費が高い。入学するにはもうしばらくこの街で仕事をする必要がある。その気になれば一瞬で稼げてしまうかもしれないが、ズルはしないでのんびりやっていこう。
ズル禁止縛りの冒険者生活。思った以上に、俺は今の生活を楽しんでいた。




