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今だ! 作戦発動の時……ッ!

 トレントの一件があって以来、ミーシアはすっかり気落ちしてしまった。

 自分の責任だと思っているらしい。トレントに捕まってしまったのも、なかなかソウスケくんの捜索が進まないのも。ヘコむと色々気になってしまうタイプのようで、ひょっとして自分は戦いにもあまり貢献できていないのでは、なんてことも呟いていた。


 なんかもう、いたたまれない。俺たちはミーシアの笑顔が見たいのだ。頼むミーシア、俺が悪かった。だから元気になってくれ。


(大体あんたが悪いのよ。ミーシアがトレントに近づく前に助けるくらいできたでしょ)

(減速の呪いで思うように動けなかったんだよ。そういうお前は何してたんだ)

(重力がキツくて動きづらいの。誰よ、こんなアホなデバフかけたの)


 元気いっぱいな俺たちは互いを醜く罵り合った。世にループ経験者がどれほどいるかは知らないが、俺たちほどアホな奴らはたぶんそうそういないと思う。

 とりあえず互いにかけた呪いと魔法を解除し、元の身体能力を取り戻す。もうこれ以上ミーシアを傷つけるわけにはいかない。姫プでもスマーフでもなんとでも呼べ。俺たちは愛に生きるんだ。


「ソウスケくん、なかなか……ぐすっ。なかなか、見つかりませんね……」


 ミーシアはか細くつぶやく。明らかに涙をこらえた声。なんなら俺たちも泣きそうだ。誰でもいいから助けてほしい。お願いだからこの空気をどうにかしてくれ。


(……仕方ない。枢木、奥の手を使うわ。ズル禁止縛りを破るけどいいわよね)

(この際だ、もうなんだっていい。つまらんことを言う気はない)


 ミーシアが見ていないところで、柚子白はパチンと指を鳴らす。召喚術式。術式の内容から、彼女がやろうとしていることを察した。

 少し離れた木々の向こうに召喚門が開かれる。門をくぐり、とてとてと歩み寄ってきたのは四足黒毛の召喚獣。

 ちょこまるだ。


「魔物ですかっ……!?」

「あー! ちょこまるだー!」


 柚子白は無警戒にちょこまるに近づいていく。ミーシアはきょとんとした。

 え、急になに? という顔をしているちょこまるに、幼女柚子白は抱きついた。そのまま頭をわしわしとなでる。いや、違う。なでるふりをして小声で囁いた。私たちに合わせろ、と。


「えっと……。その犬は……?」

「この子はね、ちょこまるって言うの。旅の途中で出会って友達になったんだぁ。ユズたちを見つけてついてきちゃったみたい。ね? ちょこまる」


 今日はそういう設定で行くんすね、とちょこまるは頷いた。物わかりのいい子は好きだよ。

 戦闘用に呼び出されたわけではないことを察していたのか、今日のちょこまるはオフモードだ。妙な殺気も放っておらず、こうしてみるとただの大型犬にしか見えない。よほど勘が鋭くなければ、まさか黙示録の獣とは気づくまい。


(いい、ちょこまる。これより重要なミッションを与えるわ。お前がこの空気をどうにかするの。失敗は決して許されない。なんとしてでもミーシアを笑顔にするのよ、わかったわね)


 柚子白は小声でささやいた。ちょこまるは、そんな理由で呼んだ人はじめて見たな……、と迷惑そうにしていた。抱き枕にされるよりはマシなんじゃないっすかね。

 ご主人さまに逆らえないちょこまるは、おとなしくミーシアに歩み寄っていく。彼女を見上げてぱたぱたと尻尾をふった。


「か、かわいい……」


 は? 尻尾ふるだけでミーシアにかわいいとか言われてんじゃねえぞちょこまる。見てろ、俺なんてもっとすごいことができるんだぞ。人間の俺は犬に激しく嫉妬した。


「あ、あの。この子、なでてもいいですか……?」

「……ああ。人懐っこい性格でな、よければなでてやってくれ。おとなしい子だよ」


 寸前のところで正気を取り戻した俺は、笑顔の裏でギリギリと奥歯を噛む。ちょこまるは、そんなことで張り合われても……、と困惑していた。


 ミーシアは大型犬の毛並みをなでる。最初はおっかなびっくりと、徐々に落ち着いた手付きで。ちょこまるは甘えるように体をすりつけ、尻尾をぱたぱた振った。


「えへ、えへへ……」


 ミーシアはにこーっとした。そう、それだよちょこまる。よくやった! 最高だお前は……!

 ちょこまるがミーシアの頬をぺろりと舐めると、くすぐったそうな笑い声があがる。は? なに顔舐めてんだテメェ、調子乗りすぎじゃねえか? 誰がそこまでやれって言ったよ、なあおい。


(……枢木。さすがに犬に嫉妬するのは、なんか、こう、ないわ)

(黙ってろ柚子白。男には譲れないものがあるんだよ)

(あほ)

(すんません)


 情緒をチューニングして人間に近づける。ちょっと落ち着こう。ちょこまるは、なんかすんませんって顔をしていた。うるせえよ。

 ともかく、この空気の払拭というミッションは達成された。まずは第一関門突破だ。


「ねえねえみーくん。ちょこまるも連れてっていいかな?」


 幼女柚子白はあざとい角度で首を傾げた。


「でも……。魔物とか出てきますし、危ないですよ?」

「大丈夫だよ! ちょこまるはね、すっごく強いんだ!」


 ミーシアは困ったように俺を見る。俺は頷いた。


「ああ。こいつ、これで結構すばしっこいからな。危ないことがあっても自分でどうにかするさ」

「そうなんですか。すごいんですね、ちょこまるくん」

「あ、ああ……」


 嫉妬心がちょっとだけ元気になったが、俺は理性のある人間なので我慢することができた。でも、ちょこまると俺だったら俺のほうがすごいと思う。いやこれは嫉妬とかじゃなくて、純粋な評価としてね。それ以上の意味はないよ、ほんとに。


 そういうことで、ちょこまるがパーティに加わった。やったー。


(いい、ちょこまる。次のミッションを与えるわ。私たちに魔物をよせつけないでちょうだい。ただし目立つようなことはしちゃダメ。ミーシアの前では、ただの大型犬として振る舞うの。もしもミーシアに危険が及ぶようなことがあったら命で償ってもらうわ)


 隙を見て柚子白がささやく。ちょこまるは、殺さないでください、という顔をしていた。

 反対側から俺もささやいた。


(ただしヤギは許せ)


 いやもう何がなんだか、という顔をしていた。がんばれちょこまる。

 大型犬をパーティに加えた俺たちは、あらためて歩きはじめる。こころなしミーシア嬢も気を持ち直している。アニマルセラピーとは偉大だ。


 そこからの探索は順調だった。時々魔物が近寄ってきても、ちょこまるが威嚇を入れるだけで尻尾を巻いて逃げていく。道を阻むものがいなくなったことで、俺たちは確実にソウスケくんの元へと近づいていた。


「なんだか、急に魔物がいなくなりましたね」


 そうだね、と俺たちは声を揃えて言った。すべてを隠し通す覚悟が、俺たちの胸にきらきらと輝いていた。

 ただの犬の散歩と化した探索を進めることしばらく。俺たちは開けた草地に出た。


 森の中にぽっかりとできた、広場のような場所だ。陽光を遮る樹木もなく、柔らかい日差しが草地をぽかぽかと温める。思わず昼寝をしたくなるような暖かな空間で、一頭の白い獣がもっしゃもっしゃと草を食んでいた。


 俺と柚子白の間に緊張が走る。ついに来た。この瞬間に、俺たちのすべてがかかっている。


(枢木。わかってるわね)

(ああ、必ず成功させてみせるさ)

(迷いの森をさまよい歩いた末に見つけ出した一匹のヤギは、なんと私たちが探し求めていたソウスケくんだったのだどっひゃー大作戦、発動よ……!)


 リアクションの準備はできている。かつてここまで緊張したことがあっただろうか。この作戦に失敗は許されない。俺たちは必ずミーシアを笑顔にしてみせるんだ。

 壮絶な決意を胸に、俺たちは草地に足を踏み入れた。


「ソウスケくんいませんねー……。でも、こんなところにヤギがいますよ?」


 ミーシアはててーとヤギに近寄っていく。その後姿を、俺たちは固唾を呑んで見守った。


「あれ、このヤギ名札がついてる……。え、これって……」


 ミーシアはネームプレートに書かれた文字を確認した。今か? いや、今じゃない。こういうのはタイミングが命だ。まだだ。もう少し、タイミングを見計らって……!


「ソウスケ、くん……。このヤギが、ソウスケ、く、ん……」


 彼女はその場にへたりこむ。ソウスケくんが、めーと鳴いた。

 俺たちは今にもどっひゃーしようとしていた。だが、すんでのところで踏みとどまる。ミーシアが微動だにしないのだ。

 何か、様子がおかしい。


「ボク、すっごくがんばったのに……。六才の男の子が、迷子になったって、聞いたのに……。魔物と戦うのも初めてで……。しっかりしようって思ってたのに、いっぱいいっぱい足引っ張っちゃって……。それでもがんばってここまで来たのに……。なのに、なのに、ヤギ、なんて……」


 泣いていた。

 ミーシアが泣いていた。ソウスケくんもめーめーと鳴いていた。


「うわーん!」


 彼女の中で、ずっとこらえていたものが決壊する。

 とてもじゃないがどっひゃーできる雰囲気ではない。俺たちは無力だ。ミーシアの心も知らず、最高のリアクションなんてものを追求していた俺たちに、かける言葉なんて見つかるわけがない。

 かくして俺たちの作戦は、今回も失敗に終わったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] もしかしてこの中で一番マトモなのはちょこまるなのでは? まあミーシアはちょっとアレなだけで感性はマトモかもですけど。
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