ミーシアルート攻略順調です。
ミーシアが立ち直るまで休んでから、俺たちは再び迷いの森の探索を進めた。
その後も何度か魔物との戦闘はあったが、以後の戦闘はつつがなく終わった。俺も柚子白も真面目に戦い、ミーシアも泣いたりしない。それでいてちゃんとパーティっぽい連携プレイを成立させるために、俺たちは血のにじむような努力をしていた。
(枢木……っ、減速の呪い、もっと強めてもいいわよね……!)
(ああ、思いっきりやれ……っ! 代わりにお前の重力、倍加させてやる……!)
(望むところよ……!)
呪いとデバフを相互にかけあって、俺たちはなんとか実力を下げる。筋力と体力はもとより年相応のものしかないので、反応速度を極限まで殺せばかなり弱くなれるはずだ。
それでも鍛え抜いた技は錆びつかないが……。まあ、それくらいはいいだろう。
「クルさんって強いんですねぇ」
そんな俺たちの努力なんてつゆ知らず、ミーシア嬢はほわほわとしていた。
「突然魔物があらわれても落ち着いてるし、フライパンなのになぜかちゃんと戦えてるし。それに……。ぼ、ボクが危ない時は、かばってくれたり、とかも」
「ま、まあな。俺は前衛だから、後衛に攻撃がいかないようにするのも俺の仕事だ」
「えへへ。すみません、ありがとうございます」
そう、それだ。そのはにかんだ笑顔が俺を狂わせる。彼女の笑顔を見ていると、胸の中にじんわりと温かいものが広がるような気がした。
いや、気がするだけではない。物理的な熱が生まれている。柚子白だ。柚子白が魔法で俺の体を内側から焼こうとしていた。
(……あの、柚子白さん)
(なんでしょうか枢木さん)
(ひょっとして怒ってますか?)
(ルートに入ったら殺します)
そんなこと言ったってさー! しょうがないじゃん、ミーシアちゃんかわいいんだもん! 俺にはこの笑顔を曇らせることなんてできないもん!
(枢木、この際はっきり言っておくわ。ミーシアは私のものよ。あなたには渡さない)
(落ち着けって、まだそこまでは行ってないだろ。それにこういうのは本人の気持ちが大事だろ。違うか?)
(でたでた、本人の気持ちが大事とか言っちゃって。そういう消極的で中途半端なやつが一番ムカつくのよね。私ならたとえ世界を敵に回そうともこの子を幸せにしてみせるわ)
(感情が強火すぎるんだわ)
いやまあ、なんだ。確かにミーシアから向けられる若干の好意は感じるよ。だけどそれはまだ恋と呼ぶには淡すぎる。ただ、たまたま知り合った同年代の男の子がちょっといいなって思っただけのことだろ。例えるなら、近所の面倒見のいいお兄さんに抱く少女の淡い恋心と同質のものじゃないか。もしもお兄さん側がそれに気づいたとしても、うろたえて何かをするべきではない。恋心が育つのをじっと見守り、いずれ少女が本気で恋を形に変えようとしたのなら、その時こそちゃんと一人の人間として向き合うのが大事なんじゃないかね。そう思うよ、俺は。
(うわっ、きもっ、死ねっ)
俺の熱弁はシンプルな罵倒で一蹴された。かなしい。
「ユズさんもいつも落ち着いて対応してますし……。ひょっとして、魔物討伐の経験があるんですか?」
「あ、うん。実はそうなんだ。ユズたち、村にいた頃はちょくちょく魔物退治もやってたから」
「そうなんだ……。すごい、ボクもがんばらなきゃ……」
「でも村の周りにいた魔物はすっごく弱かったから。この街に来て、外の魔物ってこんなに強いんだーってびっくりしちゃった。だからみーくんがいてくれて本当に心強いよ」
この女、息をするように嘘をつくなぁ……。確かに、村の周りにいた魔物はここらの魔物よりは弱かったかもしれない。だけど俺たちが倒していたのは村の周りの魔物だけではない。少し遠出して、もっと強い魔物だって狩っていた。
「それにしても、なかなか見つからないもんだなー」
迷いの森に入って数時間、ソウスケくんは中々見つからない。
実を言うと俺と柚子白はソウスケくんがどこにいるのかを知っているし、それとなくそっちに誘導してはいる。ただ、何かしら生き物の気配を感じるたびにソウスケくんかと疑い、その都度魔物と出くわして戦っているので、探索は思うように進まない。
「そうですね……。あんまり長居すると夜になっちゃいますし、これ以上進むと迷うかも……。でも……」
どうしようか。魔物よけの魔法でも使えば探索は楽に進むだろうが、当然ズル禁止縛りに抵触する。だったらあらわれた魔物を片っ端から瞬殺するか? いや、それもダメだ。下手に実力を見せるとミーシアが自信をなくしてしまうかもしれない。
(……柚子白。こっちによってくる魔物、ミーシアが気づく前に串で仕留められるか?)
(いいわよ。でも、いいの?)
(まあ、ちょっとくらいいいだろ)
ズル禁止縛りの趣旨に沿うなら、余計なことはせずに三人で困難を楽しむのが正しいのだろう。だけど、その気になればどうとでもなると知っている俺たちと、何も知らないミーシアでは精神的な負担がまるで違う。
ミーシアに負担をかけすぎたくない。それなりに大変だったけど無事ソウスケくんも見つかって、日暮れまでには街に帰ってこれました、くらいの達成感がちょうどいいんだ。夜間も決死の捜索を続けたり、森の中で一泊したりなんてことになるのはやりすぎだ。ほどほどだ。こういうのはほどほどがいいんだ。
「あ、そうだ。ならこうしましょう!」
名案を思いついたと、ミーシアは一本の木に近寄っていく。
その木を見て、あ、やっべと思った。
「こうして木に目印をつけたら、そうそう簡単に迷うことも――」
ミーシアは腰からナイフを抜き、樹肌に傷をつけた。
アイディアはいい。目印を残しておくというのは探索する上で有効な手段だ。だけど、彼女は運が悪かった。
ミーシアが選んだのはただの木ではない。木を模した魔物だ。トレントと呼ばれるその魔物は、基本的には無害だが傷つけられると烈火のごとく怒り狂う。
「へ……? え、なに、ひゃわっ!?」
突如動き出したトレントが、枝をたくみに操ってミーシアを吊るし上げる。宙吊りにされた彼女は、必死にローブの裾を抑えた。
「わ、なになに、やめ……っ! やだっ、やめて……っ! お、下ろしてぇ……っ!」
もうちょっと……! もうちょっとだ、もうちょっと高めに吊るしてくれトレント……! そう、その角度だ……!
もう少しで……見える……ッ!
(枢木ィッ! 殺すッ! 真面目にやれっ!)
大音量の恫喝を念話越しに頭に食らった。巻き舌がすごい。クルルギ、じゃなくてクルゥルァギゥィッくらいの勢いはあった。こわい。
アホなことやってる場合じゃない。ミーシアを助けねば。
フライパンを手に深く踏み込み、一撃で枝を引きちぎる。ミーシアを捕まえていた枝が千切れ飛ぶと、解放された彼女が上から落ちてきた。
武器を手放して彼女を受け止める。思っていたよりも軽い。お姫様抱っこの形になったのは狙ってのことではない。たまたま偶然、そういう形になっただけだ。
「ユズっ!」
だから柚子白、お前が狙うべき相手は俺じゃない。トレントだ。なあ頼む、わかってくれ。俺は必死に命乞いをした。
柚子白は小さく舌打ちをして、団子の串を投げ放つ。同時に四本、精確に飛んだ四本の串はトレントの急所を刺し貫いた。一発は俺の眼球めがけて飛んできたような気もしたが、避けたらちゃんとトレントに刺さった。柚子白さんほんと頼みますよ。
とにかく魔物は怯んだ。その隙に、ミーシアを抱いたまま素早く距離を取る。
「ミーシア、無事か」
「ひゃひゃ、ひゃいっ……!」
「俺は武器捨てちまった。ユズの串じゃトレントには相性が悪い。頼めるか?」
「わ、わわ、わかりました……っ!」
ミーシアは短杖を抜いて魔法を唱える。かつてない早口の高速詠唱。生み出された炎は、いつもよりサイズが大きかった。
「ファイアランス……っ!」
放たれた炎の槍がトレントを焼く。植物系の魔物は炎に弱い。じゅわっと激しく燃え上がった木の魔物は、ほどなくして燃え尽きていった。
延焼の心配は――なさそうだ。くすぶっている火の粉も、柚子白が踏み消すとすぐに消えた。
「怖かったな、ミーシア。怪我はないか?」
「大丈夫……ですっ……。それよりも、クルさん……」
「どうした。どこか痛むのか?」
「下ろして……くだ、さい……」
ミーシアは耳まで顔を真っ赤にしていた。いやもう、その顔だけでご飯三杯いけますわ。
重ねていうが、わざとではない。半分は不可抗力だ。確かにトレントから距離を取った時点でミーシアを下ろすことはできたし、俺はあえてそれをしなかったさ。なぜかって? 柔らかかったからだよ、それ以外にあるか? でも、お前だってこの状況になれば俺と同じことをしたはずだ。なあ、わかるだろ。だから俺の命を狙うのはやめてくれ柚子白。悪かったから。
今すぐミーシアを下ろさないと殺す、というメッセージが多分に籠もった呪いを全身に受けながら、俺は丁寧にミーシアを下ろした。すまん、と謝ると、彼女はふるふる首を振る。
「すみません……。ありがとう、ございました」
「いや……。怪我がなくて何よりだ」
「ユズさんもありがとうございます。助けられちゃいましたね……」
「ううん、気にしないで。むしろごめんね、うちの馬鹿兄貴が変なことして。嫌じゃなかった?」
「嫌じゃ……なかった、です……」
なんとも言えない空気が流れる。ミーシアは赤い顔をふいっとそらした。
かーっ。ずっぺぇ。ずっぺぇわ、これ。これが青春ってやつじゃないかな、柚子白。俺はそう思うんだけど、お前どう? ああうん、殺すのね。どうしても? そっか、どうしても殺すのね。そうかそうか、俺は今日ここで死ぬのか……。
俺は必死に命乞いをした。




