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KAKUGO初心者おる?

 フライパンを構え、猿の魔物とにらみ合う。

 相手は一匹だけ。前衛に俺、後衛に柚子白とミーシアが布陣する。それぞれがそれぞれの得物を構え、戦闘態勢に移っていた。


 この程度の魔物なんて相手にもならない。こいつの生殺与奪権は俺の手のひらの上だ。殺そうと思えばいつでも殺せる。

 だが、俺はあえてそれをしなかった。


 ――逃げたら殺す。


 魔物の目を視線で刺す。すでに格付けは終わっている。猿は必死に俺たちに威嚇しながらも、その実ガタガタと震えていた。

 後ろではミーシアがなむなむと呪文を詠唱している。それが終わるまで、お前にはもう少しつきあってもらおう。


 せっかくの記念すべき初戦闘だ。俺や柚子白が瞬殺してしまってはあまりにも味気ない。ミーシアに花をもたせるというわけではないが、パーティっぽい協力プレイをしたいんだ。


 呪文詠唱はまだ終わらない。張り詰めた緊張感に、猿の魔物が恐慌状態に陥る。キィキィと甲高く鳴き叫び、ついには耐えかねて俺たちに飛びかかってきた。

 猿が狙ったのはミーシアだ。この中では一番くみしやすいと思っていたのだろう。それは正しい判断だが、もっとも愚かしい選択だった。


 ――動いたら殺す。


 凄まじいプレッシャーとともに、後ろから団子の串が飛んでくる。俺の首筋を絶妙にかすめて飛んだ串は、飛びかかる猿の手のひらを貫き、地面に縫い付けた。

 もちろん柚子白が放ったものだ。もしこれ以上猿が動こうものなら、もう一本串が飛んでくるだろう。俺と柚子白からのプレッシャーに晒されて、猿はまばたき一つしなくなった。


「詠唱、完了ですっ! いきますっ!」


 魔法を唱え終わったミーシアが、短杖を両手で掲げる。てやっと気合を入れて振り下ろすと、こぶし大ほどの石が猿に向かって飛んでいった。


「ストーンシュートっ!」


 ぽこっ。

 頭に石があたり、猿はちょっとだけくらっとした。


「あ、あれ、あんまり効いてない……?」

「みーくんすごいっ! 効いてるよっ!」

「ナイスだミーシア! 後は任せろ!」


 ほとんど死に体の魔物に踏み込み、フライパンを振り抜く。ご苦労だったな。お前には俺たちパーティの礎となって死んでもらう。

 痛みすら感じさせないほど、速く鋭い一撃。それで、俺たちの初戦闘は終わった。


「終わりまし、た……?」


 終わったよ、と魔物の死体を指差す。綺麗に仕留めたつもりだ。時間があるなら、皮を剥いで持って帰ってもいいだろう。


「初戦闘にしては上出来だったんじゃないか。ユズもミーシアも、お疲れさま」

「うんうん、大勝利ですよ。やっぱりみーくんの魔法はすごいねぇ」

「あ……。その、そう、ですね……」


 魔物の死体をまじまじと見つめて、ミーシアは突然ぽろぽろと大粒の涙をこぼしはじめた。


「みーくん……。みーくん? どうしたの?」

「あ、す、すみません……。終わったら、なんか、気が抜けちゃって……。あはは、ボクも、緊張してた、みたい、です……」


 彼女はへたりこんで小さく震えていた。ぽろぽろと泣きながら、涙が落ちる手のひらをじっと見つめる。


「殺し……ちゃっ、た……」


 ああ……。それか。そうだよな、初めてだもんな。

 俺と柚子白はもう随分前に通過した場所だ。初めての時なんてもう覚えてもいないし、今となっては何かの命を奪うことにためらいなんてものはない。人の命を奪ったことだって一度や二度ではないのだから。

 殺し殺されに心を動かすには、俺たちはもう遅すぎる。


「みーくん……。どうする、今日はもう帰ろっか?」

「ごめんなさい……。大丈夫です、少ししたら、泣き止みます。ダメですよね、こんなんじゃ……」

「ううん、いいの。ダメじゃない。ダメなんかじゃないよ」


 柚子白はミーシアを優しく抱きしめる。それを横目に、俺は魔物の亡骸を土の上まで運んだ。


「ミーシア。魔物と動物の違いって、知ってるか」


 少女は泣いている。俺は続けた。


「動物と違って、魔物は魔力から生まれた生き物だ。死んだらその魂は魔力になって世界に還元される。ゆえに魔物に真の意味での死は訪れず、たとえ体が朽ちようとも、またどこかで新しい魔物が生まれてくる」


 それはいいことでも悪いことでもない。そういう現象だ。

 確かに魔物は人や動物を襲うことが多いが、人や動物だって理由があれば魔物を襲う。そこに善悪の区別はなく、魔物と動物を分かつのは、生命としてのメカニズムだけだ。


「俺たちは自然の循環の中にいるんだよ。殺すこともある。殺されることもある。これはそういうループなんだ。だからミーシア、君にやってほしい」

「何を、ですか……?」

「還してやってくれ」


 土の上に寝かせた魔物の亡骸を示す。冒険者としての作法は知っているだろう。魔物を仕留めた際、その死体をどうするべきかも。

 ミーシアは涙を拭いて立ち上がり、短杖を構える。ゆっくりと、だけど確かに詠唱を唱え、杖の先に小さな火を生み出した。


「……ファイアウォール」


 亡骸に火が灯る。ぱちぱちと燃えていく魔物の体を、彼女はいつまでも眺めていた。

 そんな彼女を見守りながら、俺と柚子白は念話魔法を飛ばしあう。


(……枢木、枢木)

(なんだ、柚子白……)

(ミーシアが、清らかすぎて……。罪悪感が……すごいの……)

(ああ、わかる……。正直、のたうち回りたいくらいだ……)


 さっきの戦い、言うまでもなく俺たちは遊んでいた。トドメこそ苦しませないようにはしたが、なんていうか、それ以外はあまり褒められたことではなかったかもしれない。


 俺たちは平気でこんなことができるくらいには手慣れていて、感性はすっかり麻痺してしまっている。なんなら、ミーシアが泣き出してからようやく殺すことの特別さを思い出したくらいだ。


(さすがに……。ちょっと、控えましょうか。あんまりエンジョイするのは忍びないわ)

(そうだな……。これも、縛りに加えるか……)


 ズル禁止縛りに項目が追加される。命で遊ぶの禁止。楽しいこと大好きな俺たちだが、さすがに自重を覚える時が来たようだ。

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