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迷いの森をさまよい歩いた末に見つけ出した一匹のヤギは、なんと私たちが探し求めていたソウスケくんだったのだどっひゃー大作戦

 探索依頼。人里離れた大自然にわけいって、指定の何かを探してくる依頼だ。


 その依頼内容は多岐に渡る。秘境の奥にしか咲かない魔力を含んだ花をもってこいというものから、命を落とした冒険者の遺体を回収するというものまで。つまりは、ちょっと難しい採集依頼みたいなもんだ。


「お二人とも、準備はよろしいですか? 今までの採集依頼と違って、探索依頼はより魔物の生息域に近づきます。おそらく、戦闘の機会もあるはずです。そこまでの危険はないはずですが……。気を抜かないようにしてくださいね」


 俺と柚子白は、二人仲良く元気に返事をした。どうしよう柚子白、魔物と戦うかもしれないんだって。こわいね。どきどきするね。

 本日のご依頼は、迷いの森に迷い込んでしまったソウスケくん六才を探してくるという内容だ。つまりは迷子探し。難易度としては、初心者向けにしてはちょっと難しいくらいか。


「迷いの森の依頼なんてよく受ける気になったな。危ないって言ってたのに」

「迷いの森と言っても、浅い場所なら地図もありますから。それでも危ないと言えば危ないんですけど……」


 もっと簡単な依頼もあったのに、わざわざこの依頼を選んだのはミーシアだ。彼女は言いづらそうに言葉尻を濁した。


「でも……。迷子は、ほっとけないじゃないですか……」


 俺たちはすんっとした。

 いい子……もう本当すっごくいい子……。なんなのこの子、なんでこんなに美しいものがこの世界にあるの? 全てにありがとうだよ。ミーシアという人界の至宝を生んでくれた森羅万象にありがとう。人生最高。


(枢木、枢木)

(なんだ柚子白)

(私、いつかの人生でこの依頼請けたことあるわ)

(奇遇だな、俺もだ)


 今回請けた依頼について、俺たちはちょっとした心当たりがあった。

 千のループの奥に埋もれた、いつかの記憶を掘り起こす。ソウスケくんを探して迷いの森をさまよい歩き、やっとの思いで彼を見つけだしたあの日のことを。


(……私の記憶が正しければ、ソウスケくんって)

(ああ……。俺も同じことを思いだした)

(ヤギ、なのよね)

(ヤギ、なんだよなぁ)


 ベタである。ベッタベタのベタである。

 森に迷い込んだ六才児を必死の思いで探し歩いた果てに、下草をもっしゃもっしゃと食むソウスケくんを見つけだした時の徒労感たるや筆舌に尽くしがたい。

 まあ、あれはあれでいい思い出になったし、だからこうして俺の記憶にも残っていたわけなのだが。


(どうしよう枢木。私たち、この依頼のオチを知っちゃってるわ。このままだといいリアクションを取れない……!)

(芸人かお前は)

(これは切実な問題よ。私たちは喜びも悲しみもすべて分かち合うと決めたじゃない。下手なリアクションを取ろうものなら、ミーシアとの仲に亀裂が入ってしまう。パーティ解散の危機だわ!)

(リアクション一個でパーティ解散かぁ……)


 柚子白の言うことを吟味する。なるほどね。確かにミーシアは、この依頼の真実にたどり着いた時どっひゃーとするだろう。その時俺たちが一緒になってどっひゃーしなければ、彼女に疎外感を与えてしまうかもしれない。


 そんなことがあっていいのだろうか。この美しくも可愛らしい生き物の笑顔を曇らせる権利が、果たして生きとし生けるすべての命にあるのだろうか。いや、ない。そんなことが許されてたまるものか。

 血を吐くような壮絶な決意が、俺の胸に強く宿った。


(柚子白。あの日の誓い、俺は今でも忘れてないぜ)

(え、なんだっけそれ――。あー、あれね。そうね。私も忘れてないわ)


 …………。


(柚子白。あの日の誓い、俺は今でも忘れてないぜ)

(何事もなくtake2に移らないでちょうだい。悪かったわよ。すぐ出てこなかっただけなの)

(どうすればいい。どうすれば俺は、ミーシアの笑顔を守れる)

(そうね……。私に一つ、いい考えがある)

(聞かせてもらおう)

(名付けて!)


 柚子白はすんっとしながら目を見開いた。器用なやつだ。


(迷いの森をさまよい歩いた末に見つけ出した一匹のヤギは、なんと私たちが探し求めていたソウスケくんだったのだどっひゃー大作戦!)

(迷いの森をさまよい歩いた末に見つけ出した一匹のヤギは、なんと私たちが探し求めていたソウスケくんだったのだどっひゃー大作戦……!?)


 無策じゃねーか。よし、それで行こう。


「あ、あの……? どうしました……? ボク、何かおかしなことを言いましたか……?」


 俺たちが真顔ですんすんしているので、ミーシアは不安になっていた。


「いや……。おかしくない。何一つおかしいことはないんだ。ミーシア、君は正しい。だからどうかそのままの君でいてくれ」

「え、え? なんのことですか?」

「任せてみーくん。みーくんの心は絶対に裏切ったりしない。そのためのすべての覚悟がここにある」

「そんなに壮大な話でしたか!?」


 俺たちは覚悟を決めた。もう後戻りはできない。なんとしてでも成功させるのだ。

 迷いの森をさまよい歩いた末に見つけ出した一匹のヤギは、なんと私たちが探し求めていたソウスケくんだったのだどっひゃー大作戦を……!



 *****



 ~作戦概要~

 ①ソウスケくーん! どこにいるのー!?

 ②わー! 魔物がでてきたぞー!

 ③やっつけたけど、ソウスケくんはいないなぁ。あ、あれはなんだ!?

 ④なんだただのヤギかぁ……。あれ? このヤギ、名札がついてるぞ?

 ⑤どっひゃー!


(あまりにも完璧な作戦ね。我ながら自分の才能が怖くなるわ)

(ああ、最高だぜ相棒。どこにも抜かりはない万全の作戦だ)


 千の人生経験を持つ俺たちは、作戦の成功を確信した。


 ミーシアを中心に、俺たちは迷いの森を進んでいく。最初はおっかなびっくり進んでいた彼女も少しずつ慣れてきて、段々といつもの歩幅に戻ってきた。

 歩幅ってなんか、エモいよね。偶然出会った俺たちが、歩幅を揃えて歩いていく。そうしたふとした瞬間が、きっと青春ってやつなんだ。

 だからこそ俺たちはこの歩幅を守らなければならない。そのためならなんだってしてやろう。


「あ、あの……? おふたりとも、さっきからどうしたんですか……? いつになくお顔が真面目ですけど……」


 おっと、そうだった。いつまでもすんすんしてはいられない。そろそろ人間に戻らなければ。


「あー、悪い。ちょっとな……」

「あ、わかりました。緊張してるんですね。ふふ、クルさんとユズさんでも、緊張するんですね」

「う、うん、そうかも……。ごめんね、みーくん。ドキドキしちゃって」

「大丈夫ですよ。魔物が来ても、ボクの魔法でやっつけちゃいますから。それでも緊張するなら……。ちょっと失礼しますね」


 ミーシアは柚子白の手を取り、手のひらにさらさらと模様を描く。慣れた手付きで描き終わると、最後に口づけを落とした。


「魔女の口づけ――じゃなくて、魔法使いの口づけ。元気が出るおまじない、ですっ」


 ミーシアはにっこりと微笑む。俺たちはすんっとした。


(枢木……! 枢木ッ! お願い! 今すぐ私を止めて! このままだと……私が……私でなくなるッ!)

(おい落ち着け柚子白お前ちょっと女の子にちゅーされただけだろこんなの挨拶みたいなもんじゃないかなあ何動揺してんだ平静を保て落ち着け落ち着け落ち着けって)

(唇……! ふわって、ふわってしてた……っ! なんか、こう、ふわって……! みずみずしい少女の柔らかさが……私の……手のひらに……っ!)

(あば、あばばばばばばば)


 大混乱である。ミーシア、なんて恐ろしい魔女なんだ。人生を千回繰り返した俺たちが、こんな年端も行かない少女に揃って手玉に取られていた。


「よ、よかったな、ユズ……。お、お、落ち着いたん、じゃないか……?」

「う、うん、そう、落ち着いた。すっごく、落ち着いた……。みーくん、ありが、と……?」

「あれ、さっきよりひどくなってません?」


 俺と柚子白が人間を保てたのは、本当にギリギリのところだった。演技力に長けた柚子白ですら口元のにやけを抑えられていない。被弾したのが俺だったら一発で持っていかれていただろう。


「あ、えっと……。クルさんには、やりませんからね……?」


 俺が柚子白の手のひらを食い入るように見ていたからか、ミーシアはおずおずとそんなことを言った。


「あ、ああ。大丈夫だが。どうしてだ?」

「だ、だって……。クルさんに、するのは、恥ずかしい……から……」


 彼女はもじもじと顔を赤らめる。俺たちはすんっとした。


(おい枢木ィッ! テメッ、オラアッ! なんだこの赤面はァ! これフラグだよな!? ミーシアルートのフラグが立った瞬間だよな!? 私のミーシアを取ろうってなら、問答無用でぶっ殺すぞ!?)

(未知数が一つの二次方程式に対し解の公式を適用することで直接未知数の解を求めることができるこの公式は平方完成により導出できるのでもし失念してしまった場合でも)

(逃げんな! 帰ってこい! ミーシアをかけて私と勝負しろー!!)


 まだ森に入ったばかりだというのに、俺たちは激しい動揺に陥っていた。

 早くも暗雲が立ち込めてきたことを肌で感じる。この森にはとても恐ろしい魔女がいる。俺たちはこの魔女の攻撃に耐えながら、作戦を成功に導かなければならない。


 どうやら今回の作戦は一筋縄ではいきそうにない。迫りくる死闘の予感に、俺たちは揃って身震いした。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミーシア恐ろしい子…!
[一言] ミーシアはサークルクラッシャー
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