これが俺たちの新しい“力”だ……っ!
パーティを組んだ俺たちは、その後も仲良く三人で依頼をこなした。
ほとんどの依頼は採取依頼だ。薬草やら果物やら、子どもでも採れる素材をカゴいっぱいに集めて持ち帰る。一、二時間で早々に依頼を片付けて、後はピクニックに移行するというのがいつもの流れだった。
「今日もお疲れさまでしたっ」
本日の依頼は魚釣り。釣りをしたことのないと言うミーシアにあれこれ教えながら、早朝から朝方にかけて近くの湖で魚を捕った。釣果としてはまずまず程度だったが、ミーシア嬢の素敵な笑顔が見られたので大勝利だ。
早朝からの仕事だったので、今の時間はまだ昼前。このまま解散してしまうにはまだ余裕があり、ここ数日のお仕事で懐も潤っているときた。
ので、そろそろ柚子白がこんなことを言い出すだろう。
「ねえねえみーくん、よかったらこれから買い物にいかない?」
「買い物、ですか?」
「うん。ユズたち、村から持ってきたものしかなくて。お金がたまったら色々揃えたいって思ってたんだ」
そういうことなら、とミーシアは承諾する。友達と買い物なんてはじめて、と嬉しそうにはにかんでいた。
本当にね、こういうのだよ。こういう純真さだよ、お前に足りないのは。わかったか柚子白。
「くーくん、まずは服を買おうよ。いつまでもボロボロの服じゃ恥ずかしいもんね」
「あー。田舎者丸出しだもんな、俺ら。長旅で随分汚れちまったし」
「アッツェンの服はいいよねー。いつかこの街の服を着るのが夢だったんだぁ」
アッツェンは紡績が盛んな街だ。アパレル産業が育っていて、街中で売られている服の装飾の繊細さは王都に勝るとも劣らない。
柚子白はこの街の服をいたく気に入って、どの人生でも一度はアッツェンに寄って服を調達していた。
「ねえねえ、みーくん。こういうのってどうかな?」
「ユズさん、すっごくかわいいです……!」
値段のわりにお洒落な服が多い穴場スポットに迷わずもぐりこんだ柚子白は、服をいくつか手にとってボクっ娘ときゃっきゃと盛り上がる。女の子の世界だ。そこに荷物持ちとして駆り出された少年枢木は、外野からの意見を一つ献上した。
「ユズ。そんなひらっひらの服なんか着てどうする気だ」
「どうするって、かわいくない?」
「お前冒険者だろ。その服で外に出るのか?」
「むー……」
柚子白はふくれて抗議の意を示した。
普段の人生なら特に文句をつけたりはしない。浄化魔法に保存魔法を駆使すれば、どんな服で野を駆け回っても染み一つ作らずに済む。
だけど、今回の人生はズル禁止。当然、それらの便利な魔法も縛っている。
「くーくん、ちょっとくらいお洒落させてよ。モチベーションってやつだよ」
「着たいなら着てもいい。でも、破れたりほつれたりしたら自分で直すんだぞ。できるか?」
「……むー。じゃあ、こっちのにする」
お洒落とズル禁止縛りを天秤にかけて、柚子白はもう少し無難な服を手にとった。さっきのよりは頑丈な生地だ。よろしい、その服ならお兄ちゃんは許しましょう。我慢できて偉いぞ妹よ。
「じゃ、じゃあ、こういうのって、どうですか?」
ミーシアが持ってきたのは細工の入った髪飾りだ。それを柚子白の髪に留めると、印象がぱっと華やいだ。柚子白の黒髪によく映える、主張しすぎないワンポイント。
いいセンスだ、これならお洒落にうるさい柚子白も気にいるだろう。
「髪飾りならそう簡単には汚れませんし……。だめ、でしょうか?」
「それくらいなら問題ない。似合ってるぞ、ユズ」
「わ……すっごくかわいい……。みーくん、ありがとう……!」
ミーシア嬢は嬉しそうにはにかむ。彼女たちは楽しそうにしていたが、俺は別のことを考えていた。
ひょっとして今俺、百合の間に挟まっちまったのでは……? なんか世界の掟的なやつに殺されたりしない? 大丈夫かな?
どこかから刺客が差し向けられてないかと気を配りながら、俺もいくつか服を買った。どちらかと言うと俺はお洒落に頓着がない方だったが、いつかの人生で「そんな格好で隣を歩くな」と柚子白に怒られてからはちゃんとしている。まあ、それなりに見えるくらいの無難な服だ。
「クルさんもかっこいいですよ」
「俺にお世辞はいいって。それより付き合ってくれてありがとうな、ミーシア」
「いえ。ボクも楽しませてもらってますから」
ミーシアはミーシアで服を買っていた。上品にまとまりつつもどこか可愛らしいワンピース。たぶん、休日とかに着るんだろう。いつか着ているところをこっそり見に行こう、と俺と柚子白は暗黙のうちに頷きあった。
買い物も一段落したところで、俺たち三人はベンチに溜まった。
「ところで、お二人に聞きたかったんですけども」
「なんだ?」
「武器とか防具とかって買わなくてもいいんですか?」
俺たちは石になった。
武器と防具……か。いやまあ、そうだよね。あったほうがいいというか、あるほうが自然だよね。
だけど、俺たちにこの街で買えるくらいの装備は必要なかったりする。
「あー……。防具はほら、重いから。俺もユズも、身軽な方がよくってさ」
「そうなんですか? でも、やっぱりつけてないと危ないですよ」
「そうだな……。まあ、危ない依頼とか受けるようになったら、考えるよ」
並大抵の敵の攻撃なら寝てても避けれる。それが通用しないなら起きて避ける。それでも攻撃を当ててくる敵なら、そもそも防具なんて意味がない。
ある一定のラインを超えると、戦いは一撃必殺が基本になる。何を食らっても死ぬような攻撃が挨拶代わりに飛び交う世界では、重たい鎧なんて足かせにしかならない。そういう水準になってくると、装備には防御力よりも有用な付加効果を重視するべきだ。
具体的には、魔力の流れがよくなったり、炎から身を守ったりとか。最低でもそれくらいの付加効果がないと、装備してもあんまり意味がないなと思うようになってしまっていた。
「じゃあ、せめて武器は? というか……。クルさんとユズさんって、何を使うんです?」
何って……。何、使うんだろうなぁ……。
ぶっちゃけて言うと武器なんてなんでもいい。というより、何を使っても同じだ。鉄の剣でも鋼の剣でも、槍でも斧でもそんなに変わらない。今回の人生だと、一番使うのはその辺で拾った木の棒か。壊れてもすぐ新しいのを拾えるというのが特に気に入っていた。
「俺は……。木の棒、とか?」
「ユズは……。石ころ、とか?」
「ええと……。ワイルド、なんですね……」
うっわまじかこいつら、を可能な限り優しくしたお言葉をいただいてしまった。
考えていなかった。確かに俺たち、こんな装備では冒険者らしくない。防具はともかく、剣くらいは持っておくべきなのかもしれない。
「どうしよくーくん、何か買うべきかな……?」
「まあ、木剣くらいならあってもいいんじゃないか……?」
「木剣なんて簡単に折れちゃいますよ!?」
そうは言ってもなぁ。ナイフじゃダメかな。調理用兼動物解体用のハンティングナイフなら持ってるんだけど。でもこれ、刃こぼれすると嫌だから戦闘には使いたくないんだよなぁ……。
仕方ない。何か武器を買おう。最低限冒険者っぽく見えるものを。
そういうわけで、俺はフライパンを。柚子白は団子の串を買ってきた。
「武器を! 買ってくださいっ!」
俺たちがほくほく顔で買ってきた新たなる相棒を見て、ミーシアは絶叫した。
「え……。ダメ、か……?」
「本気で困惑しないでください……。フライパンは武器じゃないですよね、そうですよね?」
「でも……。こいつが、俺を呼んでたんだ……」
「フライパンが!?」
そう、フライパンが。見た目以上にいい仕事してるんだぜ、これ。このフライパンだったら、きっとどんなお肉も焦げ付かせずにさっと焼けると思うんだ。ひょっとするとこいつは生涯の相棒になるかもしれない。
頑丈ならなんでもいいやで買ったものだったが、こうして手にすると妙に馴染む。俺はこのフライパンと共に、輝かしい冒険者生活をはじめるつもりでいた。
「ユズさんもなんなんですかそれ。串、ですか?」
「うん、お団子の串。調理用にも使えるよ」
「調理用にしか使えないんですよ。それは武器とはいいません」
「だって……。なんか、目が、あったから……」
「串と!? 団子の串と!?」
正確にはちょっと違う。こいつが目があったのは値札だ。百本セットで銅貨一枚。めちゃくちゃ安かったからそれにしたのだろう。こいつはそういうことをする女だ。
無論、俺がフライパンにかける情熱と比べれば雲泥の差である。どちらがより優れた武器であるかは語るべくもないだろう。
「お二人とも……。まあ、いいです。あなた方がそれで戦えるというのなら……」
なぜか苦しんでいたミーシアは、なんとかして自分を納得させていた。よくわからないけれど大変そうだ。柚子白、なんでかわかる? そっかそっか、柚子白にもわかんないか。
「それで、装備が整った……。整った……? いえ、その、整ったなら、ご提案があるのですが……」
ものすごーく言いづらそうに、ミーシアは切り出した。
「そろそろもっと難しい依頼に挑戦できる時期なんじゃないかなって思うのですが……。いかがでしょうか?」
「あー、いいなそれ。採集依頼は楽しいけど、どうしても実入りがな」
「はい。討伐依頼となるとまだちょっと難しいかもしれませんが……。探索依頼に挑戦したいなって思っていました。いやでも、やっぱりやめといた方が……」
「やってみようぜ。俺たちなら行けるよ。なあ、ユズ」
「そうだよみーくん。この三人だったら、どんな依頼でもへっちゃらだよ!」
「その自信がボクにもほしい……」
発案者のミーシアがなぜか一番乗り気ではなかったが、俺たちはノリノリだ。いいね、探索依頼か。それはとっても楽しそうだ。
これから生涯の相棒となるだろうフライパンの試し切りとしては、もってこいの依頼である。




