ピクニック(※ピクニックであることを意味する)
ヘビイチゴの採取依頼。街近くの草原に出て、その辺に生えている野いちごをカゴいっぱい集めるだけの簡単な依頼。
初心者向けの依頼というだけあって、この依頼には剣も魔法も必要ない。野に出られるなら子どもでもできる依頼だ。ゆえに俺たちが言うところのズルをする余地もなく、とても気楽な気持ちでピクニックを楽しんでいた。
「ねえねえ、次はあっち行ってみようよ!」
「あ、はい……っ!」
「ユズー、あんまり急ぐと転んで怪我するぞー」
リクエストにお答えして、柚子白はびたんと転んだ。もちろんわざとだ。すぐに駆け寄って助け起こすと、額に草をつけた柚子白がバツが悪そうに笑った。
「ユズ、怪我は」
「大丈夫……。あたた……」
「ゆっくり歩け、ゆっくり」
「はーい」
小芝居である。しっかり者のお兄ちゃんとそそっかしい妹のロールプレイ。こんな俺たちの本性が青春男と魔性女だなんて、とても初見では見抜けまい。
「ふふ。お二人はご兄妹なのですか?」
ミーシアは微笑ましそうに見ていた。
ほら引っかかった。ちょろいもんよ。瞬間的にゲス顔を浮かべると、柚子白は即座に俺の足を踏んだ。いたい。
「そだよ。血はつながってないんだけどね」
「血はつながってない……?」
「私たち孤児だったんだ。教会に拾われて、兄妹同然に育ってきたの。でも外の世界が見たくって、シスターにお願いして出てきちゃった」
「そうだったんですか」
という設定で行こうと思う。大体嘘はついてない。青春したくて出てきたなんて言ってもややこしくなるので。
「みーちゃんは、どうして冒険者になったの?」
「ぼ、ボクですか?」
ミーシアはわたわたしはじめた。
「ボクはもともと、魔法使いの先生のもとで魔女見習い――じゃなくて、魔法使い見習いをしていたんです。それで、その、実戦経験を積んでこいって、冒険者ギルドに放り込まれて……。でもボク、何していいのかもわかんなくって、ずっと困ってて……」
俺たちはすんっとした。
魔法修行の一環で冒険者になったというのは、わりとよく聞く話だ。不思議なことではない。
だけど俺と柚子白の意識は、そこには向いていない。彼女はそれよりももっと重要なことを口走った。
ミーシアは今、魔女見習いではなく魔法使い見習いだと言い直した。そして彼女の一人称はボク。体のラインを隠すように、ぶかっとした白いローブを着ている。
これらの証拠から導き出される答えは――!
(枢木、枢木)
(なんだ柚子白)
(ひょっとしてこの子、男装しているつもりなのかしら……?)
(いやいや、まさか……。まさか、な……)
俺たちは念話魔法で認識を共有した。
もし本当だとしたら信じがたい事実だ。まさか彼女、これで男装ができていると思っているのか。普通に初見で女の子だとわかったし、なんなら違和感すら抱かなかったぞ。
なんとなく事情は察せられる。小さな女の子が一人で冒険者をやるなんて、悪い大人に捕まえてくださいと言っているようなものだ。余計な面倒事を避けるために男装をしたのかもしれないが――。
重ねて言う。これで男装のつもりか。ミーシア、まさか、これで男装ができているつもりなのか……!?
「な、なあ、ミーシア……。一つ、つまらないことを確認してもいいか……?」
「あ、はい。なんでしょう?」
無性に喉が乾く。聞くべきではないとわかっている。それでも俺は、どうしても確認せずにはいられなかった。
「ミーシアって……。男、なのか……?」
ミーシアはびくんと体を跳ねさせ、露骨に狼狽しはじめた。
「あ……っ、あったりまえじゃないですか! やだなあ、クルさん! どこからどうみてもボクは男、だ、ぜぇ?」
「そう……。そう、だよな! いやまあ、すまん、なんか急に気になっちまって。変なこと聞いてごめんな、はは……」
「い、いえ、よく間違われるんですよねー……。あははは……」
決まりだ。この子、本物だ……!
俺たちの驚愕たるや尋常なものではなかった。人生千回、並大抵のことは知り尽くしてきた俺たちだが、こんな驚きは久しく経験していないものだった。
ミーシアは小さく「よかったごまかせた……バレてないバレてない……」と呟く。きっちり聞こえている。なんていうかもう、俺たちにできるのはすんってすることだけだ。
なんだこの生き物。なんなんだこの、どうしようもなく可愛らしい生き物は……!
「あ、あの……? おふたりとも、どうしました……?」
俺たちが真顔ですんすんしているので、不安になったミーシアがおずおずと訪ねた。
「す……」
「す?」
「すっごーい! みーくん、魔法が使えるんだねっ!」
「あ、いえ、そんな大したものでは――みーくん? あれ、呼び方変わりました?」
「ねえねえみーくん、魔法見せてよ! どんな魔法が使えるの?」
柚子白はこのバレバレの嘘につきあうつもりらしい。オーケー、それなら俺もそれで行こう。
「魔法……。いいですよ。そんなに大したものは使えませんが、少しくらいなら」
こほん、と咳払いをして、ミーシアは腰にさした短杖を抜いた。
杖を掲げてむにゃむにゃと呪文を唱える。しばらくして杖の先に水の球体が生みだされ、ひょいっと杖を振るうと水球は少し離れたところに飛んでいった。
地面に落ちた水球はぺちゃっと弾けて、それでおしまい。そんな魔法を披露してくれたミーシアは、得意げに振り向いた。
「ウォーターボール、ですっ」
俺たちはすんっとした。
なんていうか……。いや、まあ、その。すごいよ、その歳で魔法が使えるのは。俺たちと同年代でもう魔法が使える子なんてそうそういない。そういう意味では、この子は間違いなく限られた才能の持ち主だ。
だけど……。どうしよう。その魔法、俺たちも使えるんだよな。それも、詠唱補助具の短杖も使わずに、無詠唱で二十発くらい同時に発動できる。ズル禁止縛りをばっちり遵守した上で。
(枢木、枢木)
(なんだ柚子白)
(私、守りたいものがあるの)
(ああ……。俺も同じ気持ちだ)
ズル禁止縛りをアップデートする。魔法禁止。少なくとも、ミーシアの見ている前では。
この子は魔女の卵だ。自信を失わせてはならない。彼女の笑顔を守るためなら、その程度の縛りくらい喜んで受け入れよう。
「あ、あの……? どう、でしたか……?」
俺たちが真顔ですんすんしているので、ミーシアは不安そうにしていた。
「いや……。驚いた。これが魔法か、初めて見た。言葉も出なかったよ」
「そうでしたか……。えへへ、それなら何よりです。他にも色々使えますよ。……初歩的な魔法ばっかりですけど」
「それでも魔法使いがパーティにいるなんて心強い。頼りにさせてもらうよ」
「頼りに……ボクが、頼りに……? は、はいっ! がんばります! 任せてください! えへへ、えへへへへ」
この子を傷つけるものは身命を賭して排除しよう。雪のように清らかな決意が、俺たちの胸に宿った瞬間だった。
にこにこのミーシアと決意を固めた俺たちの一行は、順調にヘビイチゴを集めはじめる。依頼自体は簡単なもので、三人で手分けすれば、一時間もせずにカゴはいっぱいになった。
「わ、もうこんなに……。今日は運がよかったですね。普通、こんなに見つかるものではないんですけど」
ミーシアは予想以上の成果に喜んでいた。順調なのも当然だ。ヘビイチゴの群生地は頭に入っている。それをたどっていくだけの、気楽なピクニックだった。
「どうする、時間には余裕があるけど。もう帰るか?」
「ユズはもうちょっと遊んでいきたいです!」
「ぼ、ボクはどっちでも……。でも、せっかくの天気なので、もうちょっとだけ……」
ということでピクニック続行である。日が暮れるまで街に戻ることを考えれば、一時間くらいはのんびりしていってもいい。柚子白とミーシアは草原で花を摘み始め、俺は少し離れたところで寝転んだ。
こうしてみると柚子白の仮面も大したものだ。お前実際の精神年齢いくつだよ。バレバレのボクっ娘に遊んでもらう様はどう見ても幼女にしか見えないが、本性を知っている俺としてはどうしても薄ら寒さを感じてしまう。
ミーシアはエセ幼女の演技力を見習うべきだが、エセ幼女はエセ幼女でミーシアを見習うべきだ。よく目に焼き付けておけよ、それが“本物”だ。お前はもう二度と到達することができない、“本物”の輝きだ。
だがしかし、俺はお前がそこまでの幼女だとは思っていない。精進しろ、そして高みを目指せ。きっとお前は幼女としてさらなるステージへと至れるはずだ。俺はその日を楽しみにしている。
そんなことを念話魔法で伝えてみた。柚子白が指を弾くと、俺が寝ている場所に突如豪雨が降り注いだ。
「のわっ」
「くーくん!?」
「クルさんっ!?」
雨はすぐに上がったが、俺の体は一瞬でびしょ濡れになった。柚子白は「だいじょーぶ?」なんて心配しているが、ミーシアには見えない角度からどす黒い殺意を放っている。
「急に雨が降るなんて……。変なこともあるんですね?」
「ああ……。そうだな、ユズ」
「本当に。運が悪いね、くーくん」
ズル禁止縛りに一つルールが追加される。互いに対しては遠慮はいらない。今までも念話魔法くらいは暗黙の了解として使っていたが、今回はそれに加えて攻撃魔法も許可された。
覚えておけよ柚子白。オープンファイアだ。いつか必ずびしょ濡れにしてやるからな。




