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俺たちの人生(ズル禁止)

 長く苦しい旅路の末に、俺たちはようやく街へとたどり着いた。

 田舎暮らしの俺たちが(この人生では)初めて目にする大都会だ。わーとか、きゃーとか、そういった反応が正しいのだろう。だが、そういう演技を率先してやりそうな柚子白は、街を前にしても無感情な顔をしていた。


「ユズ、ついたぞ。よくがんばったな」

「……無理。つかれた」

「わかったわかった。宿探そうぜ」


 はしゃぐ気力もないらしい。なんだかんだ余裕がある女の、貴重なガチ疲れ顔である。

 ここは辺境の街アッツェン。三方を山に囲まれた平原にそびえる、このあたりでは有数の大きな街だ。主産業は紡績。アパレル産業のメッカであり、アッツェンの人々はオシャレに定評がある。


 村から一番近い街ということもあり、多くの人生で俺たちはこの街を訪れた。表通りから裏路地まで勝手知ったるものだ。田舎者らしからぬ落ち着いた足取りで、俺はまっすぐ今日の宿に向かった。


「ねえ……。くーくん、どこに向かってるの?」

「どこって、宿だけど」

「こっち、街の外れの方だよ?」


 知っている。アッツェンの郊外にこそ、今日の俺たちの宿はある。具体的に言うと、牧場の使われていない馬小屋に。

 あの牧場の管理人は子どもに甘いので、お願いすれば一泊くらいは泊めてくれるはずだ。


「くーくん」

「なんだ」

「馬小屋ですか」

「そうだが」

「大好きなお兄ちゃんは、一生懸命がんばって歩いたかわいい妹を、馬小屋に寝かせるつもりなのですか」

「金がないんだよ。知ってるだろ」


 俺たちは金がない。村で可能な限り準備はしたが、路銀だけはどうしても手に入らなかった。今の持ち合わせを使い果たしても、宿なんて一泊も泊まれない。


「くーく――あー、めんどい。枢木!」


 ついに我慢の限界に達した柚子白が、幼女の仮面を脱ぎ捨てた。


「嫌よ、馬小屋なんて。寒いし臭いし汚いし! 寝てると藁がチクチクするし、牧場で飼ってる犬にやたらと吠えられるし。それに、目が覚めたら最初に目に入るのが特大サイズのフンコロガシなんて絶対に嫌!」

「実体験に基づく貴重なご意見をありがとう」

「とにかく! そんなところでは寝られないわ!」

「じゃあテントに戻るか?」


 馬小屋よりは多少寒いが、俺はテントでも構わない。だけど柚子白は、信じられないとばかりに悲観的な顔をした。


「宿よ。宿をとりましょう。私たちには健康で文化的な最低限度の生活を営む権利があるわ」

「だから金がないんだっつの」

「だったら稼げばいいじゃない。私たちがその気になれば、一財産くらい秒で築けるでしょう」

「そりゃそうだけど、いいのか?」


 もちろんできる。俺たちには人生千回分の知識と経験と技術がある。それを余すことなく活用すれば、お金なんていくらだって稼げるだろう。

 だけどそれをするのは、ズル禁止縛りの目的と反するのではないか。なんのためにここまで苦労してきたのかわからなくなってしまう。


「う……。いや、その、そうね。それはちょっと、あんまりよくなかったりするのかも」


 ギリギリのところで柚子白は踏みとどまる。だだっこ幼女が理性を取り戻した記念すべき瞬間だった。


「柚子白、まだ動けるか」

「疲れたけど、ちょっとくらいなら」

「ギルド行こうぜ。冒険者ギルド。仕事して、金を稼ごう」

「それしかないわね……」


 ズル禁止縛りを遵守した上で手っ取り早く金を稼ぐとなると、それしかない。

 みんな大好き冒険者。またの名を日雇い労働者。あるいは使い捨ての安くて質の悪い労働力。もっと言うなら、死んでも後腐れない職種ナンバーワン。


 魔物退治のプロフェッショナルとはよく言うが、そう扱われる冒険者は一握りだけ。一般に冒険者とは、戦うこと以外で食う術をもたない傭兵くずれかならず者のことを指す。ゆえに冒険者とはピンキリで、俺たちは間違いなくキリの方であった。


 ギルドの受付で仕事を斡旋してほしいと頼むと、受付の担当者は露骨に嫌な顔をした。また浮浪者の孤児が仕事を求めてやってきたのだと思われているのだろう。大体あっているのがなんとも言えない。


 そんな精神的外傷を抱えながらもなんとか依頼を請けて、俺たちはようやく仕事にありついた。


「何の仕事にしたの?」

「畑のネズミ駆除」

「ネズミ……ネズミ駆除……。千回も生きておいて、よりにもよってネズミ駆除……」

「文句言わない」


 俺たちのような子どもに任される依頼なんてそんなものしかない。ぶーたれる柚子白を引きずって、近くの農地までやってきた。


 ネズミ駆除は村でも経験がある。都会のネズミは数が多いが、やるべきことはそう変わらない。

 ネズミは畑に巣穴を作る。ので、巣穴から奴らを引きずり出して仕留めればいい。実に簡単なお仕事だ。


「もういい、一発で終わらせるわよ。枢木、射撃用意!」

「はいはい、りょーかい」


 やけになった柚子白は妙なやる気に満ちていた。眼前に広がる広大な農地を前にして、最近十三才になった幼女がうがーと吠える。今日もいい天気だ。


 ネズミを巣穴から追い出すにはいくつかの手段がある。餌で誘引して罠にかける、穴を掘って巣穴を壊す、煙や臭いで燻しだす。大体そんなところだが、柚子白はより手っ取り早くて効率的な方法を知っている。


 蛇だ。


 天敵である蛇が現れると、奴らは脱兎のごとく逃げはじめる。


「スィァ……シィアァァ……!」


 幼女は低く刺すような鋭い声をあたりに響かせた。

 柚子白曰く、超クオリティの蛇の鳴き真似らしい。俺にはよくわからないがネズミにはわかるようで、大蛇があらわれたと勘違いして巣穴を捨てて次々と逃げていく。それどころか鳥は飛ぶわ犬は吠えるわで、あたりはちょっとした騒ぎになっていた。


 今日の柚子白は気合が入ってるなー、と眺めていたが、どうも気合の入り方が尋常ではない。彼女の瞳には金色のスリットが走り、首筋には白い鱗が浮いていた。

 迫真の演技どころではない。こいつ、降ろし(・・・)てやがる。降霊術でバジリスクの魂を呼び寄せて、自分の体に憑依させていた。


「おい。ズル禁止なんじゃなかったか」

「サゥ……シラ、スリィ……セァアア……!」

「蛇語で喋るな。人間にもどれ」

「スリ……ん、ん。降霊術は魔法じゃないもん。まったく別系統の技術だもん」


 幼女モードなら許されると思っているらしい。こういうとこなんだよな、この女は。なーにが「だもん」だ、あざといこと言いやがって。そんなので許すのは俺くらいだぞ。

 まあいい、なんにせよ柚子白はやることをやってくれた。ここからは俺の仕事だ。


「雷撃魔法――」


 手のひらに浮かべた雷を細かく分割していく。威力を抑えて射程を伸ばし、それを細かく分けていく。柚子白が追い出した二百五十八匹のネズミたち一匹一匹に狙いを定めて、細い糸のような雷を無数に放った。


「電網、ちょっと弱め」


 空気がピリッと張り詰めて、細分化した極小の雷がネズミたちの脳天に突き刺さる。一瞬の電撃に小さい脳を焼かれたネズミたちは、ころころと畑に倒れていった。


「くーくん。それ、初級魔法じゃなくない?」

「ベースは初級魔法だ。出力と射程と対象数と命中精度をいじりはしたけど」

「それもう完全に別物じゃん……」


 性能的には中級魔法と遜色ないかもしれないが、魔力消費量は一応初級のそれだ。降霊術が許されるならこれだって許されていいんじゃないか。


「ま、いいや。疲れたし、余計なことはいいっこなしってことで」


 結局は疲れが勝ったのか、柚子白は実益を優先した。俺たちの人生は大体ふわっといい感じにズル禁止。ルールとはこうやって形骸化していく。


 それでは帰りましょう、と柚子白はくるんと背を向ける。まあ待て、と俺は彼女の肩を捕まえた。


「くーくん? どうしたの?」

「依頼、まだ終わってないぞ」

「? ネズミ駆除の依頼なんだよね?」

「討伐証明を持ってこいとのお達しだ」


 畑に散らばった、二百五十八匹のネズミの死骸を指差す。一匹は鳥が持っていってしまったので、二百五十七匹か。一匹あたり二百グラムとして、全部集めると五十キロオーバー。

 それらを全部持ち帰るまでが、今回のお仕事だ。


「ひにゃーっ!!」


 柚子白はみーみーと鳴く。俺は無言で首を振った。

 幼女だろうとなんだろうと、働かなければ金は得られないのだ。

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