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ユズとくーくんのドキドキ☆テント生活!

 それは旅路と言うにはあまりにも無計画すぎた。

 雑で、ずさんで、適当で、そして大雑把すぎた。


「……くーくん」

「はい」

「ユズはつかれました」

「はい」

「何日も歩きっぱなしです」

「はい」

「保存食と野草ばかり食べています」

「はい」

「もう一週間もお風呂に入っていません」

「はい」


 柚子白はみーみーと鳴く。俺はそれを黙殺した。

 村を出て一週間、俺たちは野宿をしながらひたすら街を目指して歩き続けていた。

 いつもの人生なら問題にもならないほど気軽な旅路だ。肉体強化魔法を使って走れば三日、飛行魔法ですっ飛べば一時間もかからない。その気になれば、これくらいの旅なんて一瞬で終わらせられる。


「じゃあ、今からでも飛ぶか」

「やだ」

「浄化魔法で体を清めてもいいんだぞ」

「我慢する」

「せめて重力魔法で荷物だけでも軽くするとか」

「くーくん。ズルはだめだよ」


 幼女柚子白は駄々をこねた。ズルはだめ。それが、俺たちの苦行の元凶である。

 村を出た俺たちは、いつものノリで飛行魔法一発ぴゅいっと街まで飛んでいった。とても簡単で手際のいい旅程。ものの一時間で大きな街にたどり着き、さあ今日の宿を探そうかという段になって、柚子白はこんなことを言いだした。


 こんなの、全然旅っぽくない、と。


 我々は旅のために半年間も準備をしてきたのだ。保存食を仕込み、革をなめしてテントを自作し、予行演習として山の中で野宿をしたりなんかもした。それらの楽しかった準備のすべてが飛行魔法一発で無駄になってしまうのは、さすがによろしくないのでは。


 そんな柚子白の主張にいたく感心したので、飛行魔法で村を出たところまで引き返し、今度はちゃんと歩くことにしたのだ。


「歩いて旅するなんていつぶりだろうな」

「飛行魔法覚えてからは、いつも飛んでいっちゃってたもんね」

「こういうのんびりしたのもたまには悪くないよな。なんか、青春っぽい」

「青春にしては泥まみれで汗まみれすぎるよー」


 人生をズル禁止縛りで楽しむことにした俺たちは、いつもの数十倍の苦労をしながら長い旅路を地道に歩く。

 ズル禁止とは、初歩的な剣術と初級魔法以外の使用を極力避けるということ。つまり、メディから教わった技しか使わないということだ。


 地形は完全に頭に入っているので迷ったりはしないが、とにかく徒歩での旅には面倒がつきまとう。いつもは便利な魔法でなんでも解決していただけに、旅路の途中で発生する諸問題に対して俺たちはあまりにも無力だった。


 困ってもなんとかできるだろうという油断が、この大雑把で無計画な旅路に俺たちを陥れた。それでもなんとか旅ができているのは、間違いなくメディと過ごした日々のおかげだ。あれがなければ今頃とっくに野垂れ死んでいる。


「くーくん。足、痛い」

「みせてみろ」


 柚子白を近くの岩に座らせる。靴下を脱がせると、赤く痛々しい血豆ができていた。


「あー、潰れちまってるな。痛いだろこれ」

「うん……」

「自分で治せるか」

「やって」


 回復魔法なら俺よりもよっぽどうまく使うくせに、そんな甘えたことを言う。この女、幼女の身分を楽しんでいやがった。

 初級回復魔法で傷口を消毒し、野草で作った消炎軟膏を塗る。ついでに治りを早くしてやろうと中級回復魔法を編んでみたら、柚子白は打ち消し呪文でそれを拒んだ。


「くーくん。ズルはだめ」

「……はいはい、わかったよ」


 かたくななやつだ。走り込みが辛くてこっそり肉体強化魔法を使おうとした女と同一人物とはとても思えない。


 柚子白が辛そうなので今日は早めに切り上げ、小川の側にテントを張った。火をおこして生水を煮沸し、たんぽぽ茶とドライフルーツを幼女に与える。


「休んでろ。なんか食うもん探してくる」

「うん。ありがとう」


 俺もそこそこ疲れていたが、もう少し動くくらいの余裕はある。保存食は嫌だと言っていたから、何か滋養の取れるものでも狩ってこよう。


 柚子白に甘い自覚はある。中身があの女だということはわかっているけど、小さい女の子が大変そうにしているとついつい甘やかしてしまうんだ。あいつも、俺がそうするとわかっていて演じるのだからタチが悪い。

 俺が甘いのか、あいつが魔性の女なのか。多分どっちもだろう。


 獲物探しに感知魔法を使うのは柚子白が言うところのズルに当たるので、無難に五感を研ぎ澄ます。風上に移動して草原を見下ろすと、くぐもったブォという声がした。


 あれは――。シカか。草原に棲む小型のシカが、あたりをきょろきょろと見渡しながら歩いている。


「んー……。ちょっと、大きすぎる、かな」


 鹿一頭から取れる肉は十数キロ。俺と柚子白がどんなにがんばっても一キロも食べられない。となると、残りの肉は荷物になってしまう。

 水分を飛ばして乾燥させたり、燻製肉にしたらもう少し軽くなって長持ちもするが……。街までの距離は後二日といったところ。そこまですることもないだろう。


 そういうわけでシカは見逃して、かわりに近くにいた兎を仕留めてみた。

 使ったのは初級雷撃魔法。発生速度が凄まじく早いかわりに射程が短い魔法だが、威力を犠牲にすれば五十メートルくらいまでは届く。ピンポイントで太ももの筋肉に雷を突き刺し、感電して動けなくなったところを生け捕りにした。


「ユズー、戻ったぞー」


 ぐったりした兎を手にテントまで戻る。入り口をくぐると、服を脱いだ柚子白と目があった。


「へ……!? きゃあっ!」


 濡らしたタオルで柚子白はとっさに体を隠す。

 なんとなく状況を理解した。ちょうど体を拭いている時に、運悪く俺が戻ってきてしまったらしい。

 柚子白は耳まで顔を赤くして、あたふたとしはじめた。


「あ、あのね、くーくん。わわ、えっと、そのね――」

「柚子白」


 ユズではなく、柚子白と呼んだ。自分でも驚くほど冷たい声が出た。


「お前、俺が帰ってくるタイミング見計らってただろ」

「いいじゃない。せっかくなんだから、こういうドキドキイベントも楽しみましょう。これもまた青春よ」

「相手がお前じゃあなぁ……」


 幼女の仮面を脱ぎ捨てた柚子白は、何食わぬ顔で体を拭き始めた。やはり故意犯。ため息を一つついて、俺はテントを出た。

 騙されてはならない。全ては作為。何もかも演技。どんなに可愛らしい顔をしていても、あの女の瞳の奥には深淵のようにどす黒い魔性が潜んでいる。

 俺は柚子白という女を、とてもよく知っていた。

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