第3章ー11
奉天会戦が始まった際の第2軍、第4軍、第1軍各司令部内の会話です。
2月22日に鴨緑江軍の攻撃が始まったのを皮切りに、第2軍、第4軍も正面の露軍陣地に対する事前砲撃を始めた。
旅順要塞攻撃に活躍した28サンチ榴弾砲等がこの砲撃を行う。
「ゆったりとした砲撃ですな」
第2軍参謀長の大迫尚道少将は第2軍司令官の奥保鞏大将に語りかけた。
「10日はかける予定だからな」
奥大将はのんびりとした口調で答えた。
「事実上11月中で旅順要塞が陥落したからな。その後も、外国から弾薬を輸入したり、国内で弾薬の増産に努めたり、いろいろ工夫したおかげで、思い切り砲弾を浴びせることが出来る。これなら砲撃後の突撃も可能だ」
その後、奥大将は呟いた。
「10年、いや5年、いやいや3年でいい。時代がずれていたら、幕府歩兵隊の末裔たる海兵隊が陸軍になっていたという話があるな。もし、そうなっていたら、四境戦争の初陣の時にわしは負け戦を経験することも無かったろうに、そして、わしはどうなっていたかな。その時は、林忠崇提督が大山巌大将の役目を果たしていて、わしの上官になっていたかもな」
それは、それで楽しい想像だな、奥大将は内心で更にそう呟いた。
「早く突撃を開始したいものだ」
第4軍司令官の野津道貫大将はぼやいた。
「まあまあ、昼前なのに今朝から3回目ですな」
娘婿でもある第4軍参謀長の上原勇作少将は義父をなだめた。
「まだ、初日ですよ。後、9日は待たないと突撃は始められません」
「そんなに待てるか。おい、大山の所に早く突撃を開始したいと意見具申してこい」
野津の方が満州軍総司令官の大山巌元帥より1歳年上である。
同じ薩摩出身ということも加わり、階級等が上でも大山元帥に対して遠慮が野津大将には全く無かった。
「第4軍の任務は露軍の目を我々に引きつけ、第3軍の迂回を支援することです。それは分かっておられるでしょうに」
「分かっておる」
上原少将の言葉に野津大将は渋々肯いた。
「しかしな、露軍にわしは早く突撃したいのだ」
まるで駄々っ子だ、上原少将は思った。
第3軍の役目を第4軍が請け負わなくて正解だった。
義父のことだから、目の前の露軍に突撃してしまい、迂回作戦を失敗させていた公算大だ。
「黒木はもう少ししたら出るのか」
「そう聞いております」
黒木為楨大将は第1軍の司令官で、露軍の左翼を迂回することになっている。
野津大将は同じ薩摩出身と言うこともあり、黒木大将をライバル視している。
「わし率いる第4軍が第1軍の役目を果たせばよかったな」
野津大将は更にぼやいた。
それは絶対に駄目だ、上原少将は顔に出ないように細心の注意を払いながら、内心でそう思った。
林提督が上官なら苦労はしなくて済むのにな、上原少将は更にそうも思った。
「さて、そろそろ出るか」
近所にちょっと出かけるか、のような口ぶりで第1軍司令官の黒木大将は司令部の幕僚たちに命令を発した。
第1軍参謀長の藤井茂太少将が、その口調に合わせたように発言した。
「では、第1軍は露軍を迂回して、鉄嶺を目指しますか」
「第3軍に遅れを取るわけにはいかんからな。第3軍先鋒の海兵師団より先に鉄嶺へ第1軍は突入せんといかん」
黒木大将の口調は楽しげだった。
「遊びの場所に先にどちらが着くか競走されているようですな」
藤井少将は更に言った。
「海兵隊の林提督はよき好敵手だからな。実際に競走させてもらえたら楽しくもなるさ」
黒木大将の口調はあくまでも楽しげだった。
「我々は山道を行くのでつらい競走になりますよ」
「それくらいの不利は許容範囲だ」
藤井少将と黒木大将の会話は大会戦を前にしたものとしては楽しげなままだった。
第1軍は鉄嶺を目指して出発した。
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