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第2章ー50

 水師営での会見を終えて海兵師団司令部に戻ってから、土方勇志少佐は何とも言えない様々な感慨にふけった。

 旅順要塞守備隊の露軍の将帥は尊敬に値する人物が揃っていた、まさか海軍の軍人同士が203高地の攻防戦で相対し、林忠崇中将と露海軍提督の一騎打ちが行われていたかもしれないとは等々、感慨は尽きるところが無かった。

 しばらく感慨にふけってから我に返ると林中将が、今後のことについて淡々と述べていた。


「海兵師団は奉天決戦に協力することになった」

「補充はどうするのです」

 林中将の声に鈴木貫太郎中佐が疑問の声を挙げた。

 土方少佐も疑問を覚えた。


 海兵隊の予備は基本的に乏しい。

 戦時になると平時の3倍に拡張できるが、その代償として戦時の損耗に対する補充は無いようなものだ。

 1万6000人も損耗した海兵隊が補充できるとは思えなかった。


「安心しろ。20歳未満の志願兵が続々と志願しているそうだ」

 林中将の声の中には言い知れぬ感情が籠められているのが、土方少佐には分かった。

 海兵師団の司令部の他の面々も同様に感じたようで、表情が微妙にゆがむのが土方少佐には分かった。

 全く10代の少年兵を集める等、正気の沙汰ではない、土方少佐はそう思った。


「取りあえず、年内は我々は再編成に徹する。正月が終わり次第、大連から営口に海路で移動し、そこから満州軍の最前線に徒歩で移動する予定だ。各員の努力を希望する」

 林中将の話は終わった。


 同じ頃、本多幸七郎海兵本部長は斎藤実次長と話し合っていた。

「旅順要塞が年内に陥落して本当に良かったです」

 斎藤次長は安堵していた。


 それを見た本多海兵本部長は表情をゆがませながら言った。

「世論も日露戦争が終わるまでは好意的だろうが、終わったら、また、海兵隊に対する非難が巻き起こるだろうな。海兵隊が臆病だったから等々、もう少し何とかなったはずだと非難されるだろう」

「どうしてそう思うのです」

 斎藤次長は疑問を覚えた。


「敵が今回は多すぎるからだ」

 本多海兵本部長は憮然とした表情を浮かべながら言って続けた。

「4万人もの死傷者だ。その死傷者の関係者からしてみれば、もう少し何とかなったのではないか、という想いをどうしても抱いてしまう。そして、今回、我々は敵を作り過ぎた。海軍本体の要請を無視して旅順要塞の攻略に拘ったし、陸軍本体の反長閥も、山県有朋元帥を筆頭とする長閥と仲が良い我々海兵隊に内心で反感を抱いている。戦争後に、我々はいわれのない袋叩きに遭うだろう」

 本多海兵本部長の予言は半分当たることになる。


 第一次世界大戦初頭にリエージュ要塞をあっという間に落した独軍の戦果を見て、何で3月以上も旅順要塞陥落に掛かったのかという批判がささやかれだした。

 そして、陸軍の反長閥と海軍本体によって乃木大将と海兵隊にたいする非難が始まった。


 既に退役していたが日露戦争時の参謀次長の長岡外史中将(退役時)の回想を基本とする谷寿夫中将(退役時)の日露戦史研究でそれは頂点に達し、1月もかからない内に1万人以下の犠牲で機関銃もろくに装備されていない旅順要塞など鎧袖一触で落ちたはずと言われ出す。

 林忠崇中将は要塞攻略については下手で無能な提督と言われ、乃木大将と児玉大将が組んでいれば旅順要塞はすぐに落ちた、というのが常識と化し、旅順要塞攻略戦の正当な評価が行われるのは21世紀になってからであり、それでも林提督は要塞攻略が下手、というのが多数評価となるのである。

 第2章の終わりです。

 次章から奉天決戦へと舞台は移ります。

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