第2章ー38
視点が変わってすみません。
海兵隊側の視点です。
あれだけの砲撃(日本史上空前の集中砲撃だろう)を浴びせたのだから、203高地の露軍の陣地は更地になっていることを心のどこかで土方勇志少佐は海兵の突撃開始前は期待していた。
だが、事前に会議でも言われていた通り、露軍の陣地の幾つかは健在のままであり、機関銃の猛射等を海兵隊に浴びせてきた。
土方少佐のいる場所からは、203高地へ突撃を掛ける海兵たちの姿は双眼鏡で目視できるが、声までは聞こえない。
だが、海兵たちの悲鳴が幻聴として土方少佐には聞こえてくる気がする。
海兵師団に与えられた全砲兵が露軍の増援部隊の移動を妨害するための砲撃や、露軍の支援火力減殺のための砲撃に投入されている。
だが、露軍はまだまだ健在で203高地を死守しようと奮戦している。
「あれは」
土方少佐は思わず絶句した。
土方少佐の視界内で、どう見ても海兵の一部が味方の砲撃を受けてしまったのだ。
慌てて海兵師団参謀長の内山小二郎少将にその旨を伝えようとしたが、黒井悌次郎中佐に押し止められてしまった。
「林忠崇海兵師団長の厳命で、203高地目がけて動くものが目に入ったら、全て砲兵は撃てと言われている」
黒井中佐は言った。
「味方撃ちが続出しますよ」
土方少佐は抗議した。
「露軍の行動を阻害するためだ。止むを得ないのだ」
黒井中佐は言った。
その口調に隠された激情に土方少佐は沈黙を余儀なくされた。
203高地攻防戦は1日では終わらなかった。
露軍も続々と増援を送り込んできて、何としても203高地を死守しようとする。
その様を見て、林中将はぞっとするような笑みを浮かべて言った。
「どうやら203高地死守のために露軍は失血死しそうだな」
その笑みを見て土方少佐は思った。
そういえばこの人は戊辰戦争以来の歴戦の軍人だった。
文字通りの修羅場を何度も潜り抜けてきたのだ。
今、林中将は戦場の血に完全に酔っている。
林中将は独白を続けた。
「203高地を死守しようと露軍は続々と増援を送り込んでくれている。ここで露軍の増援兵力をすりつぶしてしまえば、最早、望台を死守する兵力が露軍には残るまい」
林中将の毒気に当てられないようにしながら、内山参謀長が意見具申をする。
「しかし、我が海兵師団の損害も膨大です。既に第1次総攻撃の時よりも損害が出ています」
「何としても203高地を奪え、我が海兵師団が全員草生す屍になっても構わん。それ以上に露軍の兵力をすりつぶせるならな。露軍には補充の兵は無いのだ」
林中将は言った。そこに伝令が飛び込んできた。
「第1海兵旅団長の中村少将が重傷で、旅団の指揮が執れません。どうしましょうか」
伝令は息を切らせながら言った。
「わしが直接、第1海兵旅団の指揮を執る」
林中将は平然と言った。
師団司令部の面々がその言葉を理解する前に林中将は続けて言った。
「内山、お前は師団全体の指揮を執れ。わしに万が一のことがあった時は、師団長を臨時に務めろ。黒井と鈴木は内山を手伝え。岸と土方はわしに従え。わしは今から前線に行く。部下の兵だけに味方の砲撃を浴びさせるわけにはいかん」
土方少佐は身震いした。
師団長自ら203高地山頂を目指すのだ。
何人の血を203高地は吸えば陥落するのだろうか。
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