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エピローグー4

 1911年11月23日、小村寿太郎の妻マチからの電報を受け取り、小倉処平は小村寿太郎が静養しているはずの葉山の別荘へ急きょ赴いていた。

 1905年秋の横浜港の1件以来、公務で師弟が顔を合わせることはあったが、私的に会うことは全く無くなっていた。

 あの1件で師弟の間には溝が完全に入ってしまっていたのだ。


 師弟間で意地を張りあった結果、こんなことになっていたのではあるが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。

 小村の肺結核が悪化して、22日、つまり、昨日から酷い頭痛まで小村は訴えるようになっており、年内どころか今月いっぱいも持たないかもしれないで、せめて最後に師弟間の和解をしてほしいとのマチからの電報が小倉の下に届いたのだ。

 いつの間にそんなに肺結核を悪化させていたのだ、もっと早く和解して弟子を見舞うべきだったとの悔恨が小倉の胸を締め付けていた。


 マチに対する挨拶もそこそこに、小倉は小村の病室に赴いた。

 小村は、まだ意識があった。

「先生、もっと早く自分から頭を下げるべきでした。本当にすみません」

 小村はいきなり詫びの言葉を述べた。


 小倉は胸を締め付けられた。

 小村はどちらかというと気性の激しい方だ。

 そんな小村が詫びを真っ先に口にするとは、これは弱気になっている証拠だ。


「いや、わしも意地を張りすぎていた。お互い様だ」

 小倉も頭を下げた。

「わしより先に死ぬなよ。師匠より先に逝く弟子は、不肖の弟子もいいとこだぞ。中々言えなかったが、お前はわしの一番弟子だ。一番弟子が先立つな」

「孔子も一番弟子の顔回に先立たれていたと思いますが」

「お前は顔回か。生活が正反対だ。全く放蕩をしまくり、借金を重ねおって、マチをどれだけ泣かせた」

 小倉は思わず小村を叱責した。


「面目次第もありません」

 小村はまたも詫びを口にした。

「日英同盟を結び、日本の悲願の条約改正を成し遂げたのだ。まだ、お前はこれからだろうが」

 小倉は小村を励ました。

「しかし、2つの見誤りをしました。それが悔いになります」

「ほう」

 小倉は小村の2つの見誤りが気になった。


「昨年の8月29日に、朝鮮王国が憲法を発布しました。まさか、朝鮮が議会を開設して、立憲王国になるとは。私には予測できませんでした。それから、満鉄の日米共同経営です。今のところ、先生の目論見通り、米国は親日政策を取らざるを得ない状況に陥らされているようですな。何しろ、米国と日本は手を組んでいるとみなされ、反米運動が清国内で活発になっているとか。その清国も動乱が起きて本当に先行きが私にも見えませんが」

「清国についてはその通りだな」

 小倉は相槌を打った。


 今、清国では武昌での清国に対する武装蜂起から完全に動乱状態に突入している。

 革命家として令名の高い孫文が帰国すれば、孫文を首班とする中華民国が成立するという観測もあるが、まだまだ憶測段階だ。


「ともかく私の考えが浅慮だったことを先生にお詫びします」

 小村はまたも謝罪した。

「この不肖の弟子が。ちゃんと治って元気になり、先生は誤っていたと言え」

 小倉は涙声になった。


「本当に不肖の弟子ですみません」

 実際に体力を使い果たしたのだろう、小村はそれだけ言うと意識を失ってしまった。

 小倉は涙が収まるまで枕頭で佇んだ。

 全く西南戦争で自分は死んでいたはずなのに、先年は親友の本多幸七郎の死を見送った。

 そして、今度は一番弟子の小村の死を見送る羽目になるのか。


 小村寿太郎は11月26日に亡くなり、12月2日外務省葬が行なわれた。

 小倉はその席で自ら希望して弔辞を読んだ。

 弔辞を聞いた人は皆、落涙した。

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