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エピローグー2

 林忠崇中将が帰国したのは、海兵師団の殿を務めたこともあり、1906年1月になってからだった。

 帰国してすぐに林中将はその足で海兵本部に出頭した。


「よく帰って来てくれた。事務引き継ぎの準備は整えてある」

 本多幸七郎海兵本部長は林中将の顔を見るなり言った。

 林中将はいきなり面食らう羽目になった。

「一体、何を言いだすのです」

 林中将は辛うじて言葉を絞り出した。


「言葉通りの意味だ。林中将は海兵本部長就任が決まっている。併せて年内の大将昇進もな」

「は?」

 林中将自身、自分が間抜けな顔をさらしているとは思ったが、どうにもならない。

 だが、本多海兵本部長は嬉々として言葉を紡いだ。

「そうそう、林中将は伯爵への陞爵も決まっていたな。本当にめでたい。華族の中では酒井家と並んで譜代大名では筆頭格になるな」


 林中将の気持ちを忖度していないのだろうか、本多海兵本部長は何事もないかのように話を続けた。

「ちょっと待ってください。話しが全く見えません」

「何も知らなかったのか」

 本多海兵本部長は呆れ返った口調で話した。

 それを機に林中将はようやく本多海兵本部長の話を押しとめることが出来た。


「わしの予備役編入が決まったよ。それで、後任の海兵本部長に君を推薦した。山本権兵衛海相もそれを承諾した。あれだけ日露戦争の講和でわしは動き回ったからな。現役にわしを置いておくのは危険だということになった」

 本多海兵本部長は淡々と話した。

「それは、また」

 林中将は途中で言葉を詰まらせた。


「去年、帽振れ大将で北白川宮殿下が大将昇進直後に予備役編入になっている。わしも大将昇進のうえで予備役編入になれるか、と期待したのだが、日露開戦時の桂首相が陸海軍の調整を行うようにした件で山本海相にも伊東祐亨海軍軍令部長にも睨まれていたからな。ついでに、東郷平八郎連合艦隊長官にもバルチック艦隊のナホトカ入港の件でも恨まれた。ここまで海軍本体から恨まれては仕方ない。中将で予備役になるさ」

 だが、本多海兵本部長の声にはどこか明るさがあった。

 林中将が不思議に思っていると、本多海兵本部長は更に続けた。


「本来なら、戊辰戦争の際に、帰農して田畑を耕す身になっていてもおかしくなかった。それなのに、明治新政府で働き場所を得て、海兵隊の長まで務められたのだからな。本当に人生とはいろいろあるものだな。これからは、悠々自適の生活を送るか。それもまた楽しそうだ。大先輩の荒井郁之介さんは、今は天文学に凝っている。自分もそんな趣味を探すか」

「楽しそうですね」


「君も数年したら、予備役になって悠々自適の生活を送ればいいさ。斎藤実とか、一戸兵衛とか、いい人材が海兵隊には育ってきている。今や海兵隊も世代交代を図るべきだろう」

 本多海兵本部長は、林中将に更に言った。

「そうですね。自分もそうします」

 林中将は、本多海兵本部長に言った。


 だが、林中将は何となく気になった。

 本多海兵本部長は本当はかなり疲れているのではないか。

 何しろ日清、日露と2つの大戦争で海兵隊のトップを務めたのだ、過労になっていてもおかしくない。


 林中将の勘は当たった。

 本多海兵本部長は予備役編入後、程なくして亡くなった。

 表向きは病死だが、実際は過労死だった。

 林中将は本多海兵本部長の弔辞を読み、葬儀委員長を務めた。

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