第4章ー18
本多幸七郎海兵本部長は、山本権兵衛海相の下を訪ねた。
まずは、満鉄の日米共同経営案について海軍のトップを説得することだ。
「えらいことをしてくれたな。結局、海軍の大活躍の場を潰しおって」
山本海相は、本多海兵本部長の顔を見るなり言った。
さすがの本多海兵本部長も思わず顔をしかめてしまった。
「私が何をしたと言うので」
「バルチック艦隊がナホトカに入るのを察していながら、日露戦争の停戦協定成立に暗躍したろうが。バルチック艦隊を連合艦隊が迎撃していれば、我々に大勝利を東郷平八郎連合艦隊長官がもたらしてくれたものを邪魔しおって。東郷連合艦隊司令長官からは、国賊の本多を斬れ、とまで言って来ておる」
「酷い言われようですな」
本多海兵本部長はあらためて泰然自若の態度をして答えた。
何といわれようと覚悟はできている。
「海軍省内でも視線がかなり冷たかったと思うぞ。それなのにわざわざ訪ねてくるとは何事だ。ろくなことではあるまい」
「ええ、満鉄の日米共同経営案に海軍も賛成していただきたいと思い、訪問しました」
山本海相の問いかけに本多海兵本部長は真正面から答えた。
その答えに山本海相は考え込んだ。
長い沈黙の後、山本海相は確認するように問いかけた。
「米の鉄道王と呼ばれているハリマンが訪日しているのは、やはり満鉄日米共同経営の件だったのか」
本多海兵本部長は黙って肯いた。
「難題を持ち込んでくれたな。わしの立場としては、日本の国防に責任を負わねばならない。そして、バルチック艦隊は日露講和条約締結に伴い、そのまま太平洋艦隊になる公算が大だ。今、ここで米国を敵に回すことは何としても避けねばならん。気が付けば、米国は我が国を遥かに凌ぐ海軍国になってしまったからな。幾ら英国が味方とはいえ、米露両国の海軍を腹背に受けて我が国が戦うことになったら、我が国の海軍では手に余る」
山本海相は半分独語した。
本多海兵本部長は言った。
「海軍力の増強では何とかなりませんか」
「なるわけがない。米露どちらか1国の国力だけでも日本を圧倒している。海軍の拡張競争を米露両国としたら、先に日本が破たんする」
山本海相は冷静に話した。
「でしたら、結論は簡単ではないですか。米国か、露かどちらかと手を組むしかありません」
「そして、露は信用できない以上、米国と手を組むか」
山本海相の問いかけに、本多海兵本部長は肯くことで答えた。
「陸軍はどう考えているのだ」
「山県参謀総長を筆頭に大山巌元帥や児玉源太郎大将まで満鉄日米共同経営に賛成です」
本多海兵本部長はそう答えた。
その答えを聞いた瞬間、山本海相は顔色を変えて言った。
「あれだけ血を流した陸軍が満鉄日米共同経営に賛成だと。本多、動いたな」
山本海相の声は詰問に近いものだった。
本多海兵本部長は声を潜めて言った。
「米露両国の海軍には勝てないから満鉄日米共同経営に賛成するというより、陸軍に味方して満鉄日米共同経営に賛成すると言う方が海軍の面子が立つのでは」
山本海相はその答えに唸って考え込んだ。
「分かった。分かった。軍令部や海軍省はわしが説得する。但し、お前も人脈を駆使して満鉄日米共同経営に海軍全体が賛成するように動け」
しばらく考え込んだ末に山本海相は本多海兵本部長に言った。
本多海兵本部長はほっとした。
これで海軍全体も満鉄日米共同経営に賛成するだろう。
小村外相が帰国して1人反対運動をしてもどうにもなるまい。
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