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第4章ー17

「何とか混乱は防げたようで」

 ポーツマス条約が正式に調印されて数日後、本多幸七郎海兵本部長は参謀本部に赴いて、山県有朋参謀総長に参謀総長室で会って話をしていた。


「ふん。予め水を撒いておいたからな。日比谷公園にはろくに人が集まらん。他もろくに人が集まらん。講和条約反対集会は軒並み失敗しおった。全くバカどもが」

 山県参謀総長は鼻を鳴らしながら言った。

 本多海兵本部長は山県参謀総長の陰謀に素直に感心した。


 海千山千の山県参謀総長や元老の井上馨が本気で講和条約反対派対策を講ずる時間は充分にあった。

 何しろ5月初めから4か月近くも講和条約締結には、かかったのだ。


 その間に(小倉処平の暗躍もあり)衆議院第一党の立憲政友会の執行部は西園寺公望を年内に次期首相にするというアメの前に、講和条約推進派に寝返った。

 それに支持者に対して、これ以上の増税の必要性を訴え、継戦を続けるということは選挙民の反感を買うことでもあり、立憲政友会のほぼ全員の議員は、表面上はともかく内心では戦争遂行の為に更なる増税を行なうことには反対で、講和条約締結後に党首である西園寺公望が首相になるというアメまで示されては執行部支持になった。

 第2党の憲政本党も、立憲政友会の態度から風向きを読んで、更なる増税反対から日露継戦の主張を執行部は封印した。


 更に講和条約反対強硬派の七博士らには罠まで仕掛けた。

 三井財閥の担当者に七博士が賄賂を持ちかけたという醜聞を国民新聞に載せたのだ。

 事実無根だと七博士は訴えたが、内務省が捜査に入っては世間は事実だと思う。

 七博士は沈黙せざるを得なくなった。


 さすがに寝覚めが悪いので、ほとぼりが冷めたころに、誤報だったということで処理するつもりだが、山県は子飼いの桂首相を攻撃してきた七博士らに腹を立てており、井上と結託して陰謀を仕掛けたのだった。


 追い討ちをかけるように講和条約反対集会の主催者は政府と結託しており、実は主催者以外の参加者は政府に目を付けられるという風聞まで予め広めてある。

(実際、参加者を本気で内務省は監視対象者とするつもりだった)

 このために、講和条約反対派はそれなりにはいたものの、講和条約反対集会には出席をためらうようになり、日比谷公園の講和条約反対集会は閑散たるものになった。


「ま、念のために暴動が発生したら、即座に戒厳令を発動する作戦計画まで立案してあったからな。新聞にもわざと情報を流しておいた」

 山県参謀総長はさりげなく付け加えた。

 本多海兵本部長は山県の対策の徹底ぶりに畏怖の念すら抱いた。

 確かにそこまで政府が備えているとあっては、目端の利く者は講和条約反対集会に出席するまい。

 そして、人が集まらないと暴徒化は中々起こるものではない。


「ところで、例の件はどうなりそうだ」

 山県参謀総長は、本多海兵本部長に尋ねた。

「アメリカの鉄道王ハリマンが訪日して、米国の大使館に日本政府の要人に会いたい旨、働きかけていますな。おそらく、満鉄の日米共同経営を持ちかける肚積もりでしょう」

 本多海兵本部長は答えた。


「新聞にもその訪日の話しは載っていたが、かなり手回しがいいな。本気で満鉄を日米共同経営したいようだな」

「正にカモネギですな」

 本多海兵本部長の言葉に、山県参謀総長は鼻を鳴らしながら言った。

「満鉄日米共同経営反対派を潰すのも手間だ。少しはお前も協力しろ」


「仰せのままに」

 本多海兵本部長は、わざとらしく畏まって答えた。

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