第4章ー14
この世界のポーツマス条約で日本が示した条件です。
日露講和条約の討議が難航する中、ポーツマスで小村外相は日本を出発する際に閣議で決定して伊藤博文以下の元老からも内諾を得た日露講和条約の内容について、あらためて反芻していた。
その内容は、主に3つに分けられる。
1つ目は絶対的必要条件だった。
この条件については、小村外相は絶対に露の代表であるウィッテ全権代表に受諾を迫る必要があった。
この条件をウィッテ全権代表が拒否し、露が呑まないなら、日本は戦争を継続する覚悟を固めていた。
2つ目は比較的必要条件だった。
これについては、できたら必要だがウィッテ全権代表が拒否を貫き、露が呑まないなら講和できない場合は諦めることになっていた。
3つ目が付加条件だった。
これは要求として示すものの、露が呑まないなら基本的に撤回することになっていた。
小村外相はあらためて心の中でそれぞれの内容を反芻しなおした。
絶対的必要条件の1つが朝鮮を日本の勢力圏と露が認めることだった。
つまり、朝鮮と日本の外交について露は基本的に介入できないことになる。
これは日露戦争の最大の原因が(日本から見ればだが)、日朝関係に露がいらぬ口ばしを突っ込んできたことから起こったことからすれば至極当然の要求だった。
次に日露両国の軍隊が満州から完全撤退することだった。
(なお、清国から日露が租借している土地は当然除かれることになる。その土地の治安維持等のためには軍隊が必要不可欠なのは日露が共に認識するところだった)
更にハルピンから旅順に至る鉄道とそれに付属する炭鉱等の利権、プラス旅順、大連等の清国から露が租借した権益を日本に割譲することも、日本は露に求めている。
比較的必要条件が、沿海州沿岸での日本の漁業権獲得、樺太の割譲、賠償金の支払いだった。
付加条件が、露の太平洋艦隊の制限、ウラジオストック等、露極東領土の非武装化だった。
5月の最初の交渉から、途中のバルチック艦隊回航に伴う事実上の交渉中断、そして、更なる交渉の開始により、露のウィッテ外相らの態度から、小村外相には段々と日露間の講和の落ち着き先が見えるようになってきていた。
小村外相は心の中でその内容をつぶやくことで自分の考えを再整理した。
絶対的必要条件は、露がまず呑む状況にあった。
奉天会戦の勝利後、再編制に4月まで手間取ったものの進撃を再開した日本軍の前に露軍は士気の低下等もあったことから後退を余儀なくされ、長春等は完全に日本の占領下にあり、5月上旬にはハルピン前面で日露両軍が対峙するものの、露軍から日本軍への投降者が連日のように現れる有様になっていた。
ハルピンは日本軍の一押しで陥落するだろう。
だが、それ以上は補給問題から日本軍の進撃は不可能だった。
こうした戦況から、小村外相はハルピン以南の鉄道割譲等、日本の絶対的必要条件はまず露が呑むと考えることが出来た。
付加条件はバルチック艦隊が既に展開済みである以上、露が呑むことは考えられなかった。
これは諦めるということで小村外相も了解していた。
問題は比較的必要条件だった。
沿海州沿岸での日本の漁業権獲得については、露が漁業権にあまり重きを置いていないこともあり、小村外相の要求をウィッテ全権大使は受け入れる意向を示していた。
だから主な問題は、樺太の割譲と賠償金の支払いだった。
賠償金の支払いについては首都サンクトペテルブルクが日本軍の占領下にあるのなら考慮に値するが、それには程遠い現状にある以上、断固拒否するというのがウィッテ全権大使の主張だった。
樺太割譲も呑む雰囲気はウィッテ全権大使には無かった。
小村外相は苦悩した。
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