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第4章ー13

 舞台は主にポーツマスに移ります。

 ポーツマスでの日露講和会議は難航していた。

 停戦協定を悪用した露のバルチック艦隊のナホトカ到着により、露の軍事上の劣勢が緩和されたからである。

 小村外相は、露のバルチック艦隊のナホトカ到着は停戦協定違反だと追及したが、ウィッテはそれを受け流した。


 長期間の航海により補修が必要不可欠なので本国の港に立ち寄っただけであり、日本の連合艦隊も本国の港を使用している。

 露が非難されるいわれはない、と平然と主張した。

 日露はお互いに停戦協定締結後も満州の陸軍への補充や増援といった再編制は続けている。

 それと同じことをしただけだというウィッテの主張は小理屈と言えば小理屈だが、それなりに筋は通っていた。


 ま、実際にはバルチック艦隊は張子の虎だがな、ウィッテは見せ金に全てを賭けている現状に腹の中で苦笑いをしていた。

 長期間の航海により、バルチック艦隊の内情はボロボロになっていた。

 軍港設備の無いナホトカで軍艦の整備がろくにできるわけもない。


 更に満州の陸軍の増援が最優先にされている結果、バルチック艦隊のナホトカからの出撃は石炭が無いのでほぼ不可能、と極秘電文が本国から届いていた。

 実際に講和会議が決裂したら、ウラジオストックにバルチック艦隊は移動して引き籠ることになっているが、下手をするとその移動が日露講和までの最後の艦隊行動になりそうだった。


 だが、額面上は連合艦隊とそう引けを取らないだけの戦力をバルチック艦隊は誇っている。

 ウラジオストック艦隊と同様の行動にバルチック艦隊に出られたら、そう日本に考えさせるのが狙いだった。

 バルチック艦隊という見せ金で領土割譲も賠償金支払いも無しで日露戦争を講和に持ち込む。

 皇帝からの訓令もあり、ウィッテはそう決意していた。


 停戦協定を巡るトラブルから日露戦争の講和会議は1月余り、事実上中断する羽目になった。

 5月23日にバルチック艦隊がウラジオストックに向かっているとの未確認情報がポーツマスに届き、停戦協定違反だと小村外相がいきりたったのが発端である。

 ウィッテは本国から何も連絡が無い、ウラジオストックにはバルチック艦隊は入港しないと本国は約束していると弁明し、そのやり取りの間にバルチック艦隊は対馬海峡を悠々と突破し、ナホトカへ入港していた。


 このことに憤った小村外相は講和会議の席を蹴って、帰国の準備に取り掛かったが、桂首相以下の日本政府の厳命で、停戦協定違反の追及はできるものの、講和会議の席に着くことを余儀なくされた。

 だが、こういったやり取り等のために日露の代表間で具体的な講和条約の内容に入った会議ができるようになったのは、結局、7月に入ってからのことになってしまった。


 その間に日本国内の新聞の論調は少しずつ風向きを変えつつあった。

 賠償金が取れるまで更なる増税を行って戦うべきか、賠償金を諦めて戦争を止めるべきか、どちらを取るべきかという立憲政友会の代議士の度重なる発言にこれ以上の増税には耐えられない、場合によっては賠償金無しでも講和をという意見が散見されるようになった。

 ひょっとしたらサンクトペテルブルク占領まで戦争は続くかもしれない、そうなると後、数年は戦うことになる、それよりは即時の講和をという投書が新聞に載りだした。

 戦争遂行を強硬に叫んでいた戸水博士らが地租の倍増等による戦費確保を叫ぶという失言もあり、これ以上、国民を戦争で窮乏させるのか、と怒りを買ったのも大きかった。


 こういった工作は井上馨の意向を受けた三井財閥や山県有朋が動いていた。

 講和の軟着陸を日本は図ろうとしていた。

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