第4章ー10
林忠崇中将の主張を受けて、児玉源太郎大将は早速、満州軍総司令部内の根回しを始めた。
更に各軍司令部にも林中将の提案を伝えた。
バルチック艦隊の回航は満州に駐屯している多くの陸軍将校に、露が停戦協定を悪用して日本に不利なことをしたとして激怒を引き起こしていた。
この際、米国を引き込んででも露に対抗すべきだという林中将の主張は激怒している彼らに説得力があった。
確かに露が再戦を準備万端整えて起こす場合、今度のような汚い手を使い、日本を孤立させてから戦争を仕掛けるだろう。
それを防ぐために米国を予め引き込んでおくというのは有効だろう。
そう考えた陸軍将校らは、陸軍省や参謀本部に横から斜めから自分の意見を伝えた。
その中には大山巌元帥をはじめとする各軍司令官までが含まれた。
「おい、本多を呼んで来い」
山県有朋陸軍参謀総長は、自分付きの副官に声をかけた。
副官は、本多が誰のことか分からなかったので、恐る恐る山県参謀総長に尋ね返した。
「本多の下の名前は」
「わしが単に本多と言ったら、海兵本部長の本多だ。すぐに呼べ」
山県参謀総長はイラついたような声を挙げた。
副官は、飛び上がるような勢いで参謀総長室から飛び出して、本多幸七郎海兵本部長を呼ぶために走った。
「何か御用でしょうか」
本多海兵本部長はにこやかな顔で参謀本部内の参謀総長室に顔を出した。
山県参謀総長付きの副官は文字通り海兵本部長室に飛び込んで、本多海兵本部長に山県参謀総長が呼んでいることを伝えていた。
すぐに本多海兵本部長は参謀総長室に赴いた。
その後には、汗まみれで息を切らした山県参謀総長の副官が付いてきている。
「おい、誰も近づけるな」
山県参謀総長は、副官に命じて、完全な人払いをさせた。
参謀総長室は山県参謀総長と本多海兵本部長の2人きりの状態になった。
それでも安心できなかったのか、山県参謀総長は少し声を潜めながら、本多海兵本部長と話を始めた。
「一体、何を企んでいる。正直に話せ」
山県参謀総長は詰問口調で本多海兵本部長に話しかけた。
「私は裏表のない真っ正直な人間ですが」
本多海兵本部長は平然と答えた。
「腹を割って話せ。満州軍総司令部の大山巌元帥をはじめとする満州に駐屯している多くの陸軍将校から南満州鉄道を日本が獲得した場合、日米で共同経営してはどうか、という話が出ている。わしが調べたら、その背後には林中将の提案があるのが分かった。林中将とお前は完全に通じている。つまり、お前もそれに賛同しているということだ」
「何か証拠がおありですか」
本多海兵本部長は山県参謀総長の問いかけに反問した。
「証拠はない。あっても林もお前も証拠の抹消くらいは当然努めるだろう。小倉処平が政友会代議士として西園寺公望や原敬らと積極的に日露戦争講和条件に付いて密談しているのは把握したが、その内容が漏れてこない。だが、西園寺や原の口ぶりから、増税反対を口実に政友会が日露戦争早期終結を策しているのは推測できている。おそらく小倉が動いたせいだ。お前は林や小倉と組んで何をするつもりだ」
山県参謀総長は本多海兵本部長を睨み据えた。
本多海兵本部長は首を軽く振った後で話を始めた。
「やくざに示談の仲介を依頼したので、手数料がかなり掛かるかと思いまして。勝手に動きました」
「どういう意味だ」
山県参謀総長はすぐには分からなかった。
「米国はやくざですよ。ま、欧米諸国の列強全てが、私にとってはやくざみたいなものですがね」
本多海兵本部長は斜めに構えた話を始めた。
長くなったので分けます。
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