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第4章ー9

 林忠崇中将は、本多幸七郎海兵本部長からの手紙の内容を暗記して理解できたと自分に自信がついた段階で手紙を焼却処分した。

 手紙の内容は、誰にも知られてはならない。

 その後、土方勇志少佐を帯同して、林中将は奉天に置かれている満州軍総司令部を訪問した。


「どうもこのたびは申し訳ありません」

 林中将は、自分を出迎えるために現れた大山巌総司令官と児玉源太郎総参謀長にいきなり頭を下げた。

 2人が面食らうのに対して林中将は言葉を続ける。

「まさか露があのような停戦協定違反をするとは思いませんでした。バルチック艦隊の日本海侵入を阻止できなかったことを海軍の代表として心からお詫びいたします」


 林中将は満州にいる海軍の軍人としては最高位にある。

 従って、海軍の代表として詫びを入れる立場にあると言えばそうなるが、林中将は海軍とは半独立の立場にある海兵隊の一員である。

 そのことから考えると、陸軍に対して林中将が頭を下げる必要は無かった。

 大山元帥も児玉大将も、林中将の丁寧な対応に思わず頭を下げた。


「これはご丁寧に。悪いのは露です。海軍が頭を下げる必要は全くありません」

 児玉大将は思わず言ってしまった。

 大山元帥も横でその言葉に肯いた。

「そう言っていただけるとありがたいです。ところで、露の外交姿勢は今回の一件から言っても全く信用できません。日露間の講和条約締結は止むを得ませんが、今後の対策を講ずるべきではないでしょうか」

 林中将は言葉をつづけた。


「全くですな」

 児玉大将も肯いた。

「英国は同盟国として信用に値すると私は思いますが、先日、露と同盟を結んでいる仏と英仏協商を結びました。このまま行くと、英仏それぞれから圧力を受け、意に染まない露との妥協を強いられることもあると思います。そういった場合に備えて、こちらも手を打つべきです」

「何か考えがおありですか」


 林中将の主張に児玉大将は興味を覚えた。

「卑近な例えで申し訳ないですが、金貸しにとって担保となっている土地建物が荒らされるのは嬉しいことですかな」

「それは嬉しくないですな。金貸しは怒り狂うでしょう」


「日露戦争の講和条件で南満州の鉄道はまず手に入るでしょうが、その南満州の鉄道を日米共同経営にできれば、同じ効果があると思いませんか」

 林中将の言葉に児玉大将は思わずうなった。

 大山元帥も目を見開いている。


 横で聞いていた土方少佐はショックの余り、思わず口を挟んでしまった。

「日本人が大量の血を流して手に入れる南満州の鉄道を日米共同経営にする。そんな米国に濡れ手で粟のもうけをさせる等、絶対に許せません」

 土方少佐の一言を聞いて、林中将は無言のまま土方少佐を睨み据えた。

 土方少佐は思わず首をすくめて畏まった。


「土方が言うのは感情論です。実際問題として、今の日本には南満州鉄道経営のお金が無い」

 林中将は土方少佐が黙ったのを確認して言葉を続けた。

「南満州鉄道経営には英国なり、米国なりに出資してもらう必要があります。お金を出してもらえば十分と思われるかもしれませんが、それでは南満州鉄道経営は日本単独になり、露が野心を示した場合、南満州鉄道を守る気に出資者はなりますまい。共同経営ならば、お金を出した出資者は南満州鉄道の権益を守る気になりませんか」


「ふむ。米国も英国も世論の国です。露の停戦提案の際にそれは身にしみてわかりました。英国とは既に日英同盟がありますが、米国との間には無い。民間資本とはいえ、米国民が共同経営している鉄道権益が侵されたら、米国世論は確かに反応して、米国は日本の味方になるでしょう」

 林中将の言葉に児玉大将は賛成した。

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