エピローグ
「このどあほっおぉぉおおおお! 今! 何時じゃと思ってとるんじゃあぁぁ!」
暖炉の火がほのかに光る薄暗い権蔵の道具屋。
タカトとビン子が入り口のドアを開けて入ってくると、テンプレのような権蔵の怒鳴りごえが響き渡った。
だが、そんなことに慣れきったタカトは、我関せずの様子で右小指で鼻の穴にいれてほじくっている。
「今? うーん……鼻血? オヤジ? カミナリジジイwww」ブヒィwwww
その態度に権蔵はキレた!
カチーン!
先ほどまでとは違ってマジでキレた!
殺意をまとった権蔵が椅子から立ち上がると、タカトたちへガツガツと近づく。
「タカトオオオオオオ! 今日こそは……今日こそは……決して許さんぞ!」
その様子はまるで赤い目をした魔人。いや、鬼そのもの。
「ひっ!」
その剣幕にタカトビビった。
もう、生きた心地などしやしない。
おかげで鼻の穴に突っ込んでいた指先が鼻の奥へとブスリ……赤い鼻血がポトリと床に落ちていく。
先ほどまでへらへら笑っていたタカトの笑顔は引きつり、おびただしい冷や汗を垂れ流していた。
そして、ついに! 一つの行動とった。
「じいちゃん。ごめんなさい!」
すかさず、ビン子が頭を下げたのだ。
うん? タカト君ではなくビン子ちゃん?
そう! ビン子である。
だいたい、あのひねくれ者のタカトが謝るわけなんてないじゃんwww
だが、権蔵のターゲットはタカト一人!
「タカト!ビン子の陰に隠れてないで!出てこい!」
タカトは身を小さくして頭を下げるビン子の後ろに隠れていたのである。
「いやだよ~! だって、じっちゃん! 出たら俺のことブツだろが⁉」
「当たり前じゃ!」
「なら! ビン子だってぶてよ! 俺ばっかりずるいじゃないか!」
「ビン子はいいんじゃ! というか、ビン子は謝っておるじゃろうが!」
「なら! 俺だって!『ごめんチャイ』」テヘぺろ♪
再びカチーン!
「それのどこが謝っておると言うんじゃ! だいたい、また今日も配達代金を盗まれてきよったんじゃろうが!」
「さすが! じっちゃん! 大正解! 俺のこと良く分かっていらっしゃるwwww」
ガチーン!
と、ついに権蔵のゲンコツがタカトの頭を直撃した。
「いてぇぇぇぇぇえ! 何しやがんだよ! このクソジジイ! だいたい大銀貨の6,7枚大したことないだろうが!」
「このどあほが! 配達代金のことは薄々わかっとたわい! それよりもワシがおこっとんのはビン子のことじゃ! ビン子みたいな女を夜遅くまで連れまわすとは何を考えとるんじゃ! もし、変質者にでも襲われたらどうするつもりじゃったんじゃ!」
「え? じっちゃん、もしかしてビン子が襲われるとでもおもってんのwwwwないないwwwそれは絶対にないってwwww」
カチーン!
当然、その言葉にビン子がキレた。
「なんですて! タカト! これでも私は少女! 美少女なのよ!」
「お前が少女だったら、俺は鼻処女だなww」
意味が分からんwww
というか、先ほど破瓜の血を流していたので、もう、きみの鼻は処女ではない!
だが、そんなことはビン子にとってどうでもいい事!
「覚悟しなさい! タカトォオオオオオ!」
と、ビン子の体が高く宙に舞い上がる。
そして……
ビシっ!
「清!浄!寂!滅!扇!《しょうじょうじゃくめつせん》!」
落ち着いた道具屋の室内。
椅子に腰かけた権蔵は大きなため息をついていた。
「しかし……また、盗まれよったのか……」
ビン子も溜飲が下がったのだろう。その言葉に取り繕うように言葉を重ねる。
「ま……まぁ……盗まれたというか……なくしたというか……その何というか……ねえ……タカト」
回答を振られたタカトはふてくされながら、頭をゴシゴシ。
「ちぇっ、いいじゃんかよ。それぐらい!」
権蔵はきれた様子で肩を落としタカトを見る。
「アホか。タカト! お前、明日からの飯はどうするつもりじゃ……」
「とりあえず、森にでもいって何かとってくればいいだろ。この前だって、電気ネズミのピカピカ中辛カレーを食べたじゃないか」
気ネズミのピカピカ中辛カレー。それはビン子が作った創作アート料理のカレーである。
ひとたびそれを口にすれば……
「ス……ス……スっパぁぁぁあ!」口の中に何とも言えない酸っぱさが広がり……
「キーーン!」かと思うと、「《《ピカピカ》》し《《チュウ》》?」などと土佐弁による電飾ディスコで踊り狂うような放電刺激が鼻の奥へと突き抜ける。
でもって、その後に襲いくる激辛!
大きく見開かれた目と口から10万ボルトばりの絶叫が発せらるのだ。
「グぎがぁぁぁ! の・昇るトぉぉぉぉぉぉお!」
ビシッ!
「なんで博多弁やねん!」
と、ビン子のハリセンが、お決まりの一品なのである。
当然、そんなもの食えたものではない。
いや、できれば電気ネズミよりも他のものが食いたい。
おそらく、権蔵でなくとも誰しも思うことだろう。
ということで、権蔵は白い眼をタカトに向けた。
「なら、お前が獲物を取りに行くんじゃろうな……」
――しまったぁぁ!
タカトは思った。
配達代金が失ったことを適当に誤魔化そうと思っただけで、森の中に獲物を取りに行くことなど想定していなかった。というか、そんな芸当、タカトにできるわけがない。
だが、あの権蔵の目……ここで、行かない!なんて言おうものなら……また、げんこつものである。
ならば!今タカトがとるべき方法は一つだけ!
「ビン子ちゃんお願いしゃす!」
助けを求めるように、ビン子に手を伸ばした!
「ちょっ、汚い!」
ビン子は、タカトの手を嫌がるかのように払いのけ身をよじった。
そう、その手は先ほどタカトが鼻の穴に入れていた指にほかならない。
しかも、こともあろうにティッシュで拭くことなくズボンで鼻くそをこすり落とした程度なのである。
それを知っているビン子だからこそ、拒否して当然!
というか……それ……ずっと見てたの……ビン子ちゃん。
そんな時であった、タカトたちの背後にいたコウエンが話をさえぎったのだ。
「実は……」
というか、もしかして、ずーっとそこにいたの?
そうwwwwずーーーーーーっといたのだ。
というのも、切れ目のないボケツッコミの数々を目の当たりにして……切り出すタイミングがつかめなかったのである。
「っと、そちらの方はどなたじゃ?」
明日からの飯を思案している権蔵は割って入ったコウエンに気づいた。
「実は……彼らはお金を盗まれたわけではなく……」
と、言葉をつづけようとしたコウエンに対して、振り返ったビン子が口に指を立て遮った。
その顔は、にこやかに片眼を閉じ、分かっているでしょと言わんばかり。
それに気づいたコウエンは言葉を止め、代わりに自分の素性を述べ、両手を合わせ丁寧に丸坊主の頭を下げたのであった。。
「いや……夜分に申し訳ございません。私は万命寺の見習いでコウエンと申します」
で、タカトもタカトで何かを思い出したようで。
「そうだ!」
身を乗り出し権蔵の前で真剣なまなざしで直立敬礼をしたのだ。
「権蔵閣下! 不肖タカト! こいつ!いやこの方からいただきました食料もまた
盗まれました!」
しかし、その顔いや、その口元にに反省の色が全く感じられない……
おそらく、これは日頃のタカトの行いのせいなのか、いやいや……おそらく、反省などみじんもしていないのだろう……コイツ……
ということで、もう、怒る気力も失った権蔵は、もう何度めかも分からなくなったため息を大きくついた。
「はぁ……なにを人ごとのように……このドアホが!」
「なぁ爺ちゃん。こいつに何か代わりになるものをあげてくれないかな。寺に帰ったらさ……きっと怒られるかもしれないからさ……」
どうやらタカトは、寺の食料を失ったコウエンのことを心配しているようである。
――タカトの奴……この小坊主から貰った食料もまたなくしたと言っておったな……
権蔵は静かにタカトの目を見つめる。
そのよどみない瞳……アホそうといえばアホそのものである。
だが、私利私欲のためにウソを言っているわけではないのはすぐわかる。
いや、タカトが私利私欲のために人様のモノを奪って隠し立てするようなことは断じてあり得ない。
それは、今までタカトを育ててきた権蔵にはすぐにわかる。
――コイツは困った人がいたら自分のことを全く勘定にいれん……そんな奴が、貰ったものも盗まれた?……きっとそれもウソじゃろ……
配達代金のことと言い、貰った食料と言い……おそらく、その行為にはなにかタカトなりの意味があってのことなのだろう
――まぁ……タカトらしいといえばタカトらしいのじゃが……
どうやらタカトの気持ちを汲んだのだろう……まるで「しょうがないのぉ」と言わんばかりに権蔵は自分の手を顔の前で振ると、ドッコラショと椅子から立ち上がり部屋の奥へと消えていった。
そこは食料を保存しておくパントリー。
だが、今、この権蔵の家には食料と呼べるようなものは何も残っていない。
あるのは何に使うのか分からないような木の枝や弦など……
そんなものが置かれた棚の中をごそごそとかき混ぜ、ついに何かを引きずり出してきた。
「何かを差しあげたいのはやまやまなのだが、ご覧のとおり我が家には食料がほとんど残っとらん……だから、せめてこれでも持って行ってくれ」
権蔵は細く黒くてごわごわと干からびたものが束になったものを持ちだしてきた。
これは干した野菜、いや木の根っこだろうか?
おそらく、権蔵家の最後の非常食といったところなのだろう。
権蔵は、そんな食料をコウエンへ静かに差し出したのだ。
「すまん……今はこれしかないんじゃ……これでも精いっぱいのお礼なんじゃ……受け取ってくれ」
だが、コウエンは受け取るどころか、身を後ろに引いいた。
「こんな大切なものをいただくわけにはまいりません。これがなくなれば、あなたたちは一体何を食べていかれるつもりなのですか?」
切り干し大根は。常温保存で6か月から1年ほど持つと言われている。
おそらく、この得体のしれない乾燥物もそれぐらい持つのだろう。
だが、コウエンはそれが得体のしれないものだから断ったわけではない。
まぁ、確かにこんな得体のしれない乾燥物、どうやって食うのか修行僧の身でも良く分からないのは事実である。
しかし、目の前の老人は、コウエンですら食い方の分からないものをつきだし、これしかないと言い切ったのだ。
――おそらく、これがこの家の最後の食料……そんな大切なものを僕がいただくわけにはいかない。
コウエンは、両手を突き出して全力で断った。
「いやいいんじゃ。こいつが世話になったのじゃから、これぐらいはせんとな。ましては神仏へのお布施じゃからな」
権蔵は干し野菜を持っていない手で、かるくタカトの頭をはたく。
「いてっ! というか爺ちゃん! もっといいものはないのかよ! 見てみろ!コイツ全力で嫌がってんじゃん!」
頭をおさえるタカトは権蔵に食いついた。
だが、権蔵はそんなタカト無視してコウエンに話し続ける。
「こちとら、こいつらが来てから貧乏生活にはなれとる。気にせんでええ。明日には森にでも行って動物でも狩ってくるから安心して持っていけwwww」
「それでも結構です……」
かたくなに断るコウエン。
しばらく得体のしれない乾燥物が右に左に行き来するが、ついに根負けした権蔵は「そうか」と言って干し野菜をひっこめた。
道具屋の入り口の外は真っ暗だった。
入り口から漏れるほのかな明かりが暗い地面の上にうっすらと光の台形を描く。
入り口から外に出たコウエンは光の台形のうえで振り返ると権蔵たちに深々と頭を下げた。
そして、ランタンの明かりを揺らしながら暗くなった森の小道を通り万命寺へと帰っていきはじめた。
それを見送る権蔵たち三人。
権蔵は静かに、そして少しうれしそうにタカトの頭に手を置き語り掛けた。
「なあ……タカト……お前、やっと、友達ができよったか……」
タカトは、そんな手をうっとうしそうに払いながら
「俺は友達なんかいらん! いるのは愛人のみだ!」
胸を張るタカト。
だがしかし、小さくつぶやくのだ。
「あいつは……ただのおせっかいな坊主だよ……」
それを聞く権蔵は安心したのか、くるりと家の中へと向きを変え、
「坊主か……でも、かわいいお嬢さんじゃなかったか」
中に入ろうとした。
「えっ! 女だったの」
だが、その言葉に驚くタカト。
「というか? 誰が? もしかして、あの坊主?」
それを聞く権蔵とビン子は驚きの表情でタカトを見ていた。
「え? タカト、もしかして、気づいてなかったの!」
「わしも、一目でわかったぞ……」
「分かるわけないじゃん! アイツ!坊主だぜ! 坊主! 女が坊主なわけないだろうが!」
「タカト……それは偏見といういうやつじゃ」
「そうよ!タカト! 世の中には尼さんだっているじゃない!」
「うるさい! 俺の持っているムフフな本の中には尼さんは出てこないの!」
「「そんなの知らんがな!」」




