やっと戻ったwww
ボリボリボリ!
バリバリバリ!
小さい個室に何かをむさぼる音がする。
そこは周りを白い壁に囲まれ6畳ほどの四角い部屋。
真ん中に置かれた机を取り囲むかのように座り心地のよさそうなソファーが置かれていた。
どうやらここはツョッカー病院の応接室。
そんな応接室でタカトとビン子は机の上に置かれている袋菓子を無心でほうばっていた。
その二人の姿は、少しこぎれいな破れていない服に包まれている。
タカトに至っては、アイナちゃんのプリント付きのティシャツ。
ルリ子が亡くなった入院患者たちの遺品から見繕ったものだった。
そんなルリ子が首が繋がったヒロシの傍らに座り嬉しそうな表情を浮かべていた。
「これも食べていいわよ」
乙女チックな紙箱を開けると、その中に納まっていた菓子を取り出しタカトに勧めた。
それを見たビン子は歓喜の咆哮を上げる。
「タカト! これ! ケーキよ! ケーキ!」
「なんだと! ケーキ!?」
「そうよ! これこそまさしく! ショートケーキっていうやつよ!」
ちなみに、ビン子とタカトはショートケーキなるものを見るのが初めてwwwいや、かつて一度見ただけだった。
「ショートケーキ? ビン子ちゃん……それってあのショットケイキ?」
だが、瞬時にタカトは自分の考えを否定した
――いや! これは、あれとは違い……絶対に!おいしいに違いない。
というのも、目の前に置かれたショートケーキは、かつてビン子が作ってくれた創作アート料理『ショット!ケイキ肝ジュウ~♡』とは全く似ても似つかない。というか、みためから全然違うのだ。
『ショット!ケイキ肝ジュウ~♡』……それはまっ茶色い風貌にして、重苦しいオーラを放っていた。それに対して、目の前のショートケーキはどうだ。その肌は真っ白く美しい。身にまとうオーラは天界の園そのもの。もう……その見た目はまるで悪魔と天使ぐらいに全く違っている。
しかも、真っ白いクリームの上にひときわ赤く光る宝石のように置かれたイチゴが食欲をそそる。
それに対して……『ショット!ケイキ肝ジュウ~♡』では、その内部に詰められた生肉がマシンガンで打ち抜かれたかごとくその表面から赤い血肉として吹き吹き出していた……そのグロテスクな様子……もう、食欲すらわかない……
そして、極めつけがこの香り!
このショートケーキからは、なんと甘ったるい香りが漂ってくるではないか!
それが……それが……『ショット!ケイキ肝ジュウ~♡』では肉肉しい、いや、憎々しい香りが立ち込めていた……
薄暗い権蔵の道具屋……昼下がりの三時どき……
机に置かれた『ショット!ケイキ肝ジュウ~♡』を呆然と見つめる権蔵とタカトにビン子が声をかける。
「残さずに食べなさいよ! 私が作ったショットケイキなんだから!」
二丁の包丁をカンカンとかち合わせながら無表情のビン子……
もう、二人は……生きた心地などしやしない……
食うも地獄……食わぬも地獄……
フォークでつかむひとかけら……そのひとかけらが……重い……重い……非常に重いのだ……
―― 一体何を詰めたらこんな重量になるというんじゃ
それを見つめる権蔵から一筋の汗が垂れ落ちる。
――いや、まだ、食う方がまだ命が助かるかも……だって、見た目が悪くたって、一応、料理……創作アート料理なんだから……
タカトは権蔵に目配せする。
そして! ついに! 意を決したタカトと権蔵は一思いにガブりとフォークの先端に食らいついた!
だが!次の瞬間!
「「うげぇぇぇぇぇ!」」
二人はトイレに猛ダッシュ!
そして、一つしかないドアノブをめぐって争いを繰り広げ始めた。
「タカト! 勝った方が!あのドアノブを自分のものにすることができるのじゃ!」
「ふっ! じっちゃん! その勝負のったぁぁぁぁ!」
だが、時は無常……あゝ無常……
キ~ン♪コ~ン♪カ~ン♪コ~ン♪
ついにドアノブは開かれることなく校門が開いた……
そして、トイレの前では茶色い液体がショットガン、いや、機関銃のごとく飛び散っていたのである……
これこそ、昼下がりの大参事!
そんな苦い思いがあるはずのショットケイキ。
もう、その言葉を聞くだけで鳥肌が立つ……
だが、目の前のショートケーキは、そんなトラウマすらも克服してしまいそうな存在感を放っていた!
そんな一つをルリ子がタカトの皿にとりわける。
タカトは小刻みに震える手でフォークを握ると、そっとショートケーキに差し込んだ。
――軽い……
フォークの先端に突き刺さったそれは、まるで天使の羽毛のように軽かった。
意を決したタカトは、フォークの先端をそっと口の中に含んだ……
「「うめぇぇぇぇぇ!」」
それは天使の歌声!
口の中に讃美歌が流れていた。
あの、憎々しい地獄の賛歌とは大違い!
もう、完全に違う食べ物!
まさに! これこそがショートケーキ!
だが、目の前の箱の中にはもう一個残っていた。
それを目ざとく見つけたタカトは、
「おかわり!」
だが、ビン子も負けずに声を重ねる。
「おかわり!」
突き出される二つの皿。
にらみ合うビン子とタカトは互いに火花を散らす。
そして、次の瞬間!
キン! キン! キン!
本当に火花が散った!
二人の持つフォークが目まぐるしく宙を交差する。
そのたびに飛び散る火花!
「タカト! 勝った方が!あのショートケーキを自分のものにするのよ!」
「ふっ! ビン子! その勝負のったぁぁぁぁ!」
もう……食事中にフォークで喧嘩をするとは……しつけがまるでなっていない。ほんと、こういうクソガキを育てた親の顔が見てみたい。(……って、ワシの事? by権蔵)
そんな二人を気にすることなく、ルリ子はショートケーキを一つの皿にのせた。
「はい! お父さん♡」
それを見るゾンビのヒロシ。
「これ食べてイイダニィィィ? だってダニィィィ、これ、あの人のために買ったものダニィィィイ」
あの人?
そう、ルリ子の想い人である。
だが、ルリ子はニコリとほほ笑むと、
「いいの。だって、今日はお父さんが帰ってきた記念日だし」
その言葉をきいたヒロシの目からは大量の腐った体液が噴き出した。
「ルリ子ちゃ~ん! ありがとうダニィィィ!」
と、ケーキを手に取って一口でたいらげた。
それを見るタカトとビン子はポカ~ん。
「俺のケーキが……」
「私のケーキが……」
まあ……何はともあれ、これこそルリ子からの精いっぱいの讃辞!なのである。
というのも、今日はあの人が病院に来る日。
それを心待ちにしていたからこそ、ルリ子はショートケーキを買って待ちわびていたのである。
だが、もう時刻は7時過ぎ。
誰もいない作業室にあるルリ子の机の上には、一つの封筒がそっと置かれていた。
それは、あの人が持ってきたであろう入院代。
そう、立花どん兵衛の入院代である。
でも、それがココにあるという事は、あの人はすでに、すでに帰ってしまったのだろう。
というか……あの人って誰やねん!
それを話すには少々時間を遡らなければなるまい。
時はそう……三時ごろ、タカト達が地下室に入る頃あいである。
「しまった! もう三時か……」
一階の玄関口で立花どん兵衛が閉まったガラスドアを忌々しそうににらみつけていた。
10年間……ベッドに拘束され続けた人生……
齢70を超えた自分にあとどれほどの時間が残されているだろうか……
――せめて最後は自由に生きたい!
その自由を手に入れるためには、このドアを突破しなければならない。
だが、3時を過ぎるとオートロックがかかるのだ。
しかも! こともあろうに!
立花は、ロビーに置かれた傘立てを持ち上げてガラス戸にむけて投げつけた!
ガシャーーーン
激しく砕け散る!
傘立て……
そう……何を隠そう、このガラス戸……防弾仕様なのである。
押してもダメ!
叩いてもダメ!
もう、何をしてもダメ! ダメ! ダメ!
だが、ここで諦めたら自分の余生がダメになってしまう。
ならば!
――やればできる! やらねば出来ぬ! 何事も!
立花はその身をもってガラス戸に体当たりをくらわした!
グシャ……
肉のつぶれる音がした……
「いてぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇえ!」
打ち付けた肩をかかえ床の上でもがき苦しむ立花。
やはり老人の体当たりぐらいでは防弾のガラス戸は砕けなかった。
もう、立ち上がることもできないほどダメージを受けた立花の目は大粒の涙を浮かべていた。
それは痛みから来たものか……
それとも自分の余生を悲観したものだったのか……
「くそぉぉぉおおおおおぉ!」
そんな時である。
ガチャリとガラス戸が開いたのだ。
「あれ? 立花のおやっさん、こんなところで何してるんですか?」
現れたのは18歳ぐらいとは思えない落ち着いた青年。
その容姿はまさにクールなイケメンといったところである。
まぁ、セレスティーノがど派手なイケメンなら、この青年ははインテリ風のイケメン。すべてが正反対という感じなのである。
そう、何を隠そうこの青年。第二の門の騎士クロトである。
そのクロトは毎月、立花の入院代を払いにこの病院を訪れていた。
今日もまた入院代を支払いに病院に来たのであるが……
その、当の立花が床の上に転がっていたのだ。
てっきりベッドの上で休んでいると思っていたのに、なぜ?
状況が飲み込めない様子のクロトの足に立花が縋りつく。
「クロト! 助けてくれ!」
その眼は涙目……そう、立花はクロトに一縷の望みを託したのだ。
きっとクロトならば自分を助けてくれる。そう思ったのである。
まぁ、クロトはセレスティーノとは性格も違う。
もしこれがセレスティーノであれば、面白いということで放置プレーの一択であるが、クロトは見た目通り性根も優しい男なのである。
だからこそ、クロトは苦しそうにもがいている立花を見捨てることができなかった。
「オヤッサン! 大丈夫です! 僕が助けます!」
膝をつくクロトは、立花をスッと抱きかかえて立ち上がった。
お姫様抱っこをされる立花の目からこぼれ落ちる涙は、この時、歓喜の涙に変わっていたに違いない。
――ああ……これでワシは救われる……
だが、クロトの足が向かう方向が違うのだ。
ドアの向こう、外の世界に連れ出してもらおうと思っていたのにもかかわらず、なぜかクロトは階段を上り始めていた。
「ちょっと待て! クロト! 違う! 方向が違う!」
「え? オヤッサンの病室は確か3階でしょ」
「病室じゃない! ワシを病院から連れ出してくれ!」
「え……それは無理ですよ……」
「なぜだ! もしかして!貴様! ルリ子に心でも売りよったか?」
「いやいや……だって、オヤッサン、肩の骨、折れてますし……それどころか、多分足も……」
「なんだと! 足も!?」
「これだと、しばらくベッド上から動けませんよ……ほんと……気を付けてくださいよ」
「いやだ! それだけは嫌だ! 俺はもう嫌なんだ!」
「いやいや……ちゃんと治しとかないと、ボケますよ。オヤッサンも年なんですから」
クロトの奴、マジで立花を心配している様子。
こんな勘違い野郎に何を言っても埒が明かない。
ならばと、立花は尋ねた。
「……クロト……お前、どうやって病院から出るつもりなんだ……」
そう、クロトはオートロックのガラス戸を開けて病院内に入り込んできた。
しかし、帰ろうとしても、そのドアは押しても叩いても決して開かない。
ということは、クロトもまた閉じ込められたといっても過言ではないのだ。
――もしかしたら、ルリ子の奴が外に出る手引きをしているのか?
だが、立花は、その考えをすぐさま否定した。
というのも、ルリ子がクロトに気があるのはバレバレなのである。
立花はルリ子の性格をよく知っている。
彼女なら少しでもクロトと長く同じ空間にいたいと思いドアを開けるのをためらうに決まっている。
――いや、ルリ子ならばクロトも監禁してしまいかねん……
そんなことにでもなれば、クロトは病院に来ることをためらうようになるだろう。
だが、嫌な顔一つせず、毎月、入院代を届けに来ているのだ。
その上で、クロトは外の世界に帰っている。
おそらく、クロトはクロトの意思で病院から外に自由に出ているということになる。
――どうやって?
立花がそのような疑問を抱くのは普通のことであった。
――もしかしたら、どこかに玄関ドアを開ける鍵があるのかもしれない。
だが、『クロトは何を言っているんだ?このオヤジ……』というような表情を浮かべ、
「え? 普通に玄関から外に出ますけど……」
「あのドアはオートロック式だぞ!」
「確かにオートロック式ですけど、それは外から中に入るときにパスワードを入れないと入れないタイプなだけで、中から外へは自由に出れますよwww」
もう……立花はクロトが何を言っているのか分からない。
いや、これでも立花は融合加工の技術にたけている。オートロックの仕組みぐらいは理解できていた。
しかし、納得できないのは中から外へは自由に出られるという一言。
立花があれほど頑張ってドアをこじ開けようとしたのにびくともしなかったのだ。
それが簡単に外に出られると……
「クロトよ……ちなみに聞くが……どうやってドアを開ける……」
「どうやってってwwww普通に引いて開けるだけですよwwww」
……
……
……
引く?
「そうか! あのドアは引いて開けるんだったのあぁぁぁぁぁ!」
クロトにベッドに寝かせられる立花は歓喜した。
その秘密さえわかれば3時を過ぎてもドアを開けることが可能になるのだ。
――もう、これでこの病院ともおさらばだ!
だが、残念ながら立花が、この病院から出ることはかなわなかった。
え? ルリ子に拘束され続けた?
いや、もう、その必要すらなくなったのである。
そう、骨折した足がなかなか引っ付かなかったのである。
骨折とは、年が若ければ簡単に治る……だが、老人はそうはいかない……
なかなか引っ付かずに寝たきり生活を送るのである。
あまつさえ……最後は、その影響で頭もボケるという悪循環……
「フリーーーーダムゥゥゥウゥ!」
今日も立花は暗い病室で吠えていた。




