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休憩室に向かう途中で聞き覚えのある声が聞こえ、思わず足を止める。
「やっぱりあんな偽善者、信用できないわよ」
「ちょっと! 聞こえちゃうよ!」
「知ったことじゃないわよ。今日だって見た? よく来る構ってちゃんなだけの相手にニコニコ優しくしてやんの。ほんと気持ち悪いのよ。絶対、腹の中真っ黒だわ」
「聖女様のこと悪く言わないでよ!」
「はぁ、戦争中じゃないんだからセージョ様ってやめてよ。治癒魔法使わないで話聞くだけなら誰でもできるでしょ。サルかネコでもいいじゃない」
また、ノンナか。
ミュリエルがそばを通りかかって立ち止まっているのに気付かず、ノンナは滔々と不満を述べる。新婚旅行から帰ってきて盗み聞きする機会が増えてきたわね。
思わずフフっと笑ってしまった。
だって可愛いんだもの。ノンナは文句タラタラだけど、文句を言える素直さがまだまだ可愛い。それに彼女の言っていることはあながち間違っていない。
治癒魔法の行使は別室で隔離されて行われるので、下働きの彼女たちではどんな頻度で治癒魔法が使われているか知らないだろうが……。
回復力が著しく低下するというデメリットがあっても、治癒魔法を頼る人はたくさんいる。ここ最近多いのが火傷や怪我など残ってしまうような傷を負ったご令嬢たちの治癒だ。婚約・結婚に差し障るからだろうが、どこからどう見ても事故ではない刀傷なんかもあるので貴族社会の闇を感じてしまう。
もちろん、病の治癒もある。
話は戻るが、ノンナはまだまだ可愛い部類だと思う。
「あ……」
ノンナを諫めていた下働きの子が私の存在に気付いた。彼女が悪口を言っていたわけではないのにみるみる青ざめる。
悪口を諫めているようにも聞こえる「聖女様に聞こえちゃうよ」の時点で彼女も悪口にほぼ同意したようなものだ。同意していないならノンナの不満はいつものことだからスルーするか、格好だけでも厳しく注意すればいいのに。神官の耳に頻繁に入って困るのはノンナなのだから。
ノンナは一瞬驚いたものの、キッと私を睨んできた。
すごい、悪びれずに睨んでくるあたりがすごい。陰口って聞かれちゃまずいから陰で言うのかと思っていたが、彼女は開き直ったようだ。
すごいなと思う。
神殿の前で抗議していた人々はミュリエルの前まで来て抗議することはない。あくまで神殿の前でやっているだけ。神殿の中まで入ってきて、ミュリエルに面会して文句を言うことはないのだ。
「あははは」
ミュリエルはたまらず笑いだしてしまった。
義母の前でやったら「公爵夫人にふさわしくない」とクドクド説教をくらいそうな口を開けた笑い方だ。二人はギョッとして訝し気な視線を送ってくる。
「なに、気でも触れたの?」
ミュリエルはノンナに反応せず、そのまま二人を放置して休憩室へと入った。
文句をたらたら言われようとも、「死にたい」と縋られようとも、ミュリエルはそれに関してちょっとは悩むが別に悪いことだと思っていない。
文句を言ったっていいし、構ってちゃんでいいじゃないの。他人に縋りついたっていいじゃないの。
あの男性にはなんだか同情してしまうのだ。妻子をほったらかしていたのは絶対に良くない。でも、彼が神殿に頻繁に来る気持ちは分かる。
たった一人の、いや彼の場合妻と娘の二人か。自分が愛して欲しい人に愛されない孤独。彼はそれが嫌で、現実が受け入れられなくて神殿に来るのだろう。
ノンナだってあんなに文句を垂れているのは、きっと今度結婚する相手に不満があるのだ。自分が愛されていないとなんとなく感じ取っているのではないか。
ミュリエルはレックスと最初に会った時を思い出した。




