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聖女は夫を呪いたい  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売
第六章 聖女の呪い

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いつもお読みいただきありがとうございます!

本編最終話です!


「みゅ、ミュリエル様ぁ!」

「どうしたの?」


 控室の扉を開けると花嫁衣裳のノンナが挙動不審だった。ノンナの後ろでペトラがうんざりした表情を浮かべている。


「こいつ、式直前の今更マリッジブルーになってやがる」

「みゅ、ミュリエル様。やっぱり変ですよね!? こんなに早くトントン拍子に結婚式っておかしいですよね! やっぱりクラークとの結婚は早すぎるぅ!」

「こいつ、今日の花嫁だけど殴っていい? 正気に戻るかも。治癒魔法かけりゃ腫れないし大丈夫でしょ」

「き、気絶したら結婚式は中止ですよね! よし! 殴ってください! 片方ではなく両方の頬を差し出します!」

「ほんとやばいわ……こいつ」


 結婚式開始直前でノンナはマリッジブルーを発動していた。殴ってくれとペトラに向かって顔を突き出し、ペトラは引いている。


「あ、そうか……ダメだったら離婚すれば……」

「そーそー。ダメだったら最悪離婚しな。あの男の横領でも暴力でもでっちあげてやんよ」


 ペトラがノンナの両頬をむにっとつまんで押し返す。後ろでメイクの担当者がぎょっとした顔をした。


「ノンナは結婚が嫌なの?」

「嫌っていうか……怖いっていうか……」

「案ずるより産むが易しでしょうが」

「ひぃぃ、妊娠してませんから! そ、そんなお付き合いしてませんから!」

「そういう意味じゃねーから」


 ペトラが途中で口を挟むが、ノンナはずっとアワアワしている。


「今日の祝福は私が担当するから結婚式はしてほしいわ」

「はっ! そうですね! そうでしたね! 偶然キャンセルが出てこんなに早く結婚式になっちゃいましたけど、ミュリエル様の祝福なら!」

「あんた、アタシの祝福は嫌ってわけ?」

「そ、そんなことはありませんよ!」


 ミュリエルは挙動不審なノンナの頬に手を添える。


「ノンナ、大丈夫よ。あなたは一度失敗しているから怖いだけよ。あなたの今の不安は過去から来ているの」


 なぜかノンナは顔を赤くして頷く。


「大丈夫よ。一人だと思うから不安になるのよ。これからは彼と二人で乗り越えられるわ。だから結婚するんでしょう?」

「そりゃあミュリエル様の元夫を一緒に尾行……っいえなんでもありません! ジョゼフの時と全然違うから……あの、すっごい不安になったんです」

「?? 考えすぎは良くないわね。ジョゼフの時に分かったじゃない? 自分の愛は間違っていたって。未熟な愛だったって。でも、これから愛を思い出していけばいいわ。愛は育むものともいうけれど、私は思い出すものだと思うの。もともと自分の中にあるのよ」

「愛を思い出すかぁ……いいなぁ……ミュリエル様とホルフマン様みたいに。むふふ」

「こいつ、気持ち悪い。さっきまでベソかいてたのにもう笑ってやがる。あ、今のうちにメイク直して!」


 ニマニマ笑い出したノンナを無理矢理座らせて、ペトラが指示をとばす。ミュリエルは祝福の準備のためにそっと部屋を後にした。


***


「良かったんですか?」

「結婚式の後って疲れているし、みんなに祝われて忙しいだろうからいいわ。ノンナの控室には行ったもの」

「その話ではなく、聖女をやめなくて良かったのかと」

「やめるつもりだったんだけど」


 ノンナの結婚式が終わった後、ミュリエルはイザークに連れられてなだらかな丘の上に来ていた。以前、流産で落ち込んでいたミュリエルを連れて来てくれた場所だ。


 ミュリエルの行った祝福の効果はまだ続いていて、虹が空にかかっている。結局、魔力は元通りで治癒魔法も使えたためにミュリエルの肩書はまだ聖女だ。後任の聖女候補もまだ育っていないという事情もある。


「あなたは愛を受け取るのが下手ですよ」


 二人並んで座って虹を眺めていると、イザークが口を開いた。


「そんなことないわ。みんなに感謝しているもの」

「感謝と受け取ることは違いますよ。あなたは人に愛を与えてばかりだ」

「で、でもホルフマン侯爵夫人は私たちのために別邸を用意してくださって……ノンナだっていつも仕事終わりにお菓子を差し入れしてくれているし、ペトラは……」

「ペトラ様はあなたに纏わりつこうとする信者を視線で殺そうとしていますね」

「あ、やっぱりそうよね。いつもペトラの登場のタイミングが良すぎるもの」

「俺も殺されそうです。よく睨まれます。他の求婚者が現れないのは都合がいいですが」

「そんなことはないわよ。一度離婚した聖女に求婚者もいないでしょう。あとは、お義母様は最近になっていろいろ差し入れしてくださるわ」

「求婚者はいますし、もうスタイナー公爵夫人はあなたの義母ではありません」


 イザークは少しムッとした表情になる。


「あ、そうね。つい癖で。この前なんて『あの侯爵夫人はこれが好きだから、せいぜい今から機嫌でも取りなさい』って珍しいお茶をくれたのよ」

「うちの母の機嫌を取らなくてもいいですよ。すでに聖女が嫁にくると鼻高々ですから。そろそろ一人でタップダンスでも踊り出すんじゃないでしょうか。それか、へそで茶を沸かすとか」

「え……そうかしら。ならいいんだけど。あとは、そうね。ルーシャン殿下は無事仲直りしたみたいで、エティス様が私をお茶会に招待して」

「もう他人の話はいいでしょう」


 イザークに腕を引っ張られて、彼の胸に倒れこむ。


「俺たちの式は一年半後ですか」

「そ、そうね」

「長いな」

「すぐ再婚するのはよくないって。イザークはあんなに静かに待ってたのに一年半は長いの?」


 イザークに抱きしめられてミュリエルの心臓はうるさい。でももっと近づきたくて、ミュリエルはイザークの背に手を回した。


「長いですが、恋人期間を楽しめるなら……いいか。俺はあなただけを見ていますから。ミュリエルも俺だけを見ていてください」

「あ、はい」


 イザークってこんなに饒舌な人だっただろうか。心臓がうるさい。イザークの心臓の音もトクトクと聞こえる。


「自分だけを愛してほしい。これはあなたがレックス様に言いたかったことでしょう?」

「そうね、最後の最後にならないと言えなかったわ」

「だから愛を受け取るのが下手なんですよ。相手のことばかり考えて、自分のことは置き去りにして裏切ってばかりだ」

「うん……」

「俺の愛が足りなかったらちゃんと言ってください」

「そんなことはない、と思うけど」


 イザークの視線は雄弁だ。視線が合っていなくても、涼し気なはずのグリーンの瞳が熱を孕んで、ミュリエルを焼きそうなほど見ているのを感じ取れるのだから。


「何のために生まれてきたのか、分かりましたか?」


 いつかミュリエルにした問いかけをまたイザークがする。


「今それを聞く?」

「今だから聞くんですよ。死にかけて分かりましたか?」

「あんなの死にかけていないもの。イザークの方が死にかけていたわ。それに、あなたはまだ私に対して敬語だし」

「つい、今までの癖で。追々直します。黒い炎が消えなかったらあなたが魔力枯渇で死にかけてましたよ」


 イザークが体を離してミュリエルの顔を覗き込もうとするので、恥ずかしくなって抱き着く腕に力を込めた。これで顔を覗き込まれない。


「あなたを思い出して、呪いを解くためよ。自分で自分にかけた聖女としての呪いを」

「それはもう叶ったじゃないですか」

「あぅ。えっと……今度はあなたと一緒に長生きするためよ」


 イザークが急に後ろに体を傾ける。抱き着いていたミュリエルは一緒に草むらに倒れこんだ。


「もう待たなくていいですか?」


 顔を覗き込んでくるイザークの言葉と熱い視線につられて、ミュリエルの頬も熱くなる。


「この前も言ったじゃない。待たなくていいって」

「あの時は結局、ペトラ様が乱入してきて邪魔されましたから」


 イザークは口の端を少し上げてミュリエルを見ている。


「もう、待たなくていいわ」


 恥ずかしい。わざわざキスしていいのか聞かれるのは。こういうのは雰囲気だと思っていたから。

 ミュリエルは思わずイザークから目をそらすが、イザークがさらに近づいてきたので観念して目を閉じた。


 いつまで経っても予想していたことが起きないので、ミュリエルはうっすら目を開ける。薬指に冷たい感触があった。


「指輪を贈ると約束したので」


 ミュリエルの薬指に指輪がするりと入る。


「あの時、渡そうとしたものよりもいい石ですよ」


 ミュリエルは嵌められた指輪をかざす。イザークの瞳と同じ色のエメラルドと周囲には小さいダイヤが輝いている。


「嬉しい……値段や石の質は関係ないわ」

「そういうわけにはいかないでしょう。あの時贈れなかった分もありますから」


 イザークはミュリエルの手を取ると、そっと指輪にキスした。


「さっき、あなたは俺と一緒に長生きするのが生まれてきた意味だと言った」

「そうね」

「幸せに、が抜けています」

「え?」

「俺と一緒に幸せに長生きするんですよ。そうでしょう? それがこれまでできなかったことですから」

「あぅ、そ、そうね」


 いつも無表情に近かったのに、そんな幸せそうな顔を見せられたら照れてしまう。


「ずっとあなたを待っていた。ミュリエル」


 愛おし気に指輪の嵌まった指を撫でられる。


「たとえこれが呪いでも。出会う前からずっとあなたを愛してる」


 イザークが近づいてきた。ミュリエルはそっと目を瞑る。彼の視線は相変わらず焼けそうなくらい熱いのに、キスは壊れ物でも扱うように優しい。


 長いキスを終えて、ぼんやりしながらミュリエルは目を開けた。

 まるで、ミュリエルの選択が正解だとでもいうようにイザークの向こうに虹がまだ輝いていた。


ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

カクヨム版から約2万5千字加筆となりました!内容も結構修正した部分もあります。


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