13(ホルフマン侯爵夫人+スタイナー公爵夫人)
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ホルフマン侯爵家には珍しい客人が訪れていた。
ホルフマン侯爵夫人はあまり華美な花を好まない。貴族にしては慎ましい庭にはミモザが咲き始めていた。
ホルフマン侯爵夫人とスタイナー公爵夫人が庭でお茶をしている間に、ミュリエルの荷物がホルフマン侯爵邸に運び込まれていく。
「まさか離婚が成立するとはね」
「勝手に私がサインしただけよ。息子は神殿から戻って来ても部屋にこもりっきりで。やっと離婚になってせいせいしたわ。広い部屋が一つ水浸しで焦げ臭くて台無しになったもの。修理代がかなりかかったのよ」
「聖女を手放して良かったの?」
「腰抜けスタイナーに聖女はもったいないもの」
「あなたって本当に素直じゃないわね。ミュリエルのために離婚させたと言えばいいのに」
「ミュリエルだって離婚を望んでいたでしょう。私はもともと聖女との結婚には反対だったわ。やっと肩の荷が下りたわ」
「またそんな皮肉を」
ホルフマン侯爵夫人は目の前のスタイナー公爵夫人に呆れたような笑みを浮かべる。スタイナー公爵夫人はかぐわしい香りの紅茶に口をつけ、遠くに視線を投げた。
「息子は引きこもりながらも領地経営の勉強にやっと本腰を入れ始めたから、離婚して良かったんじゃないかしら。ミュリエルも聖女にとらわれていたけど、あの子も聖女にとらわれてしまっていたのでしょう。やっと、まともになるわ。これ以上腰抜けになられても困るんだけれど」
「あら、離婚したのにまだミュリエルのことを分かったように語るなんて。いつまで姑面をするつもりかしら?」
「あら、あなたこそまだ姑でもないのに姑面をしないでほしいわ。私は元姑よ?」
「嫌だわ、あなた。知ってるのよ。離婚が成立する前にミュリエルを連れ出していろいろ買い物やお茶をしていたじゃないの」
「なるべく円満離婚に見せないとスタイナー公爵家の今後が大変だもの。ただでさえ腰抜けスタイナーという汚名があるのに。聖女との離婚なのよ? 最後に聖女として役に立ってもらうくらいいいじゃないの」
年をとっても可愛らしい顔で酷いことを話すスタイナー公爵夫人を見て、ホルフマン侯爵夫人はただ黙って上品に笑った。
あなた、そういうところが誤解されるのよ。その言葉をホルフマン侯爵夫人は飲み込んだ。
離婚自体がこの国では珍しい。暴力などが理由で離婚になることはもちろんあるのだが、それでも認められるのは珍しい。
しかもミュリエルは聖女だ。「浮気した聖女」なんて馬鹿げたことをウワサする者もいる。そういう者たちに見せつけるように、スタイナー公爵夫人はミュリエルと買い物に行ったり、お茶をしたりしていたのだ。
ミュリエルが浮気したなら息子を溺愛するスタイナー公爵夫人は黙っていないはずなのだから。ミュリエルとの関係が良好であることを暗に示していたのだ。スタイナー公爵家のためという打算ももちろんあっただろうが、ミュリエルのための行動でもあったはずだ。
なのに、そんな言い方しかしないから誤解されるのよ。もうちょっとうまく生きたらいいのに。
「スタイナー公爵家は大変ね。うちもこれからイザークの結婚式の準備で忙しくなるわ」
「まだまだ当分先の話ではないの」
「あら、二回目の幸せな結婚式は盛大にやらないとね? 姑として腕の見せ所よ?」
「一回目の結婚式は、それはそれは盛大にしたわよ? あれより盛大にとなるとホルフマン侯爵家では荷が重いんじゃなくて?」
言葉遣いと仕草こそ上品なものの、二人の間にはパチパチと見えないはずの火花が散る。
「結局、ミュリエルは聖女をやめなかったのよね」
「治癒魔法がまだ使えるなら力の強い聖女はやめさせないでしょう。やめられなかったというべきかしら」
「さっさと国外に逃げれば良かったのよ。あなたの息子は優秀な割に詰めが甘いわ」
「国外に逃げたところで、大聖女様や聖女様のいらっしゃるアンフェリペ帝国まで逃げなければ意味がないわ。他国に逃げても治癒魔法が使えるとバレたら国に尽くすよう求められるもの。なら、この国の今の待遇の方がマシだわ」
「確かにね」
「そういえば、スタイナー公爵のお加減はいかが?」
二人だけで茶会をしている庭にひらひらと虹色の花が降ってきた。
「人目に触れるのを嫌がっているから神殿には行っていないの。顔の火傷もそのままよ。ミュリエルに家に来てもらって治癒してほしいって抜かしているから完全に無視してるわ。使用人にも絶対に神殿に連絡しないように言い含めてあるの」
「あら、万が一ミュリエルにそんな手紙が届いたらいけないから息子に言っておくわ」
「そうね。神殿にはもう伝えてあるからこちらに届く可能性の方が高いわね」
「あなたはよくあの公爵様のお世話ができるわね」
「ふふ。だって旦那様の顔だけで好きになったわけじゃないもの。昔の、新婚時代に戻った気分よ」
「子爵令嬢だったあなたとスタイナー公爵家嫡男の大恋愛を舐めていたわ。てっきりあなたは今回の件で離婚するか、出て行くのかと」
「領地の屋敷に引きこもってもいいのだけれど。せっかく火傷のせいで愛人のところに行けないんだもの。私は旦那様が何よりも大事だから、これからしっかり独占するわ」
「あなたって本当に素直じゃない。変わってるわ」
「あなたの息子ほど変わってないわよ」
「うちの息子は一途なだけよ」
「どうだか。ミュリエルが結婚してもあれほど一途に想うなんて異常よ。普通は諦めるでしょう。上手に隠してはいたけど、見る人が見れば分かるわ」
「イザークもあなたに言われたくないと思うわ」
「あら、虹よ!」
スタイナー公爵夫人が空を見て思わず大きな声を上げ、はっと恥ずかしそうに口に手を当てた。
「そういえば今日は結婚式があるんだったわね。さっきから花も降ってきているし。ミュリエルの聖女の祝福かしら。とても美しいわね」
「えぇ、そうね。あの子も変わったわね」
幾重にもかかる虹を二人は黙って見上げていた。




