12(イーディス+ラルス)
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「ラルスよ。ミュリエルは離婚させるのかい?」
「スタイナー公爵家は聖女をないがしろにし過ぎたからな。例外を認めるほかあるまい。なによりミュリエルも離婚を申請しておる」
「ミュリエルは腰抜けスタイナーと望んで結婚したのにねぇ」
「若ければ間違うこともある。違うものを愛と間違って思い込むことも、な。ワシだって、ミュリエルが強く望んでいなければ腰抜けスタイナーからの婚約打診なんぞ握りつぶしとった。聖女は素晴らしい存在に見られるが、光が強い分影も濃い。ミュリエルの憎しみを受け入れる度量が腰抜けスタイナーにはなかったんじゃよ」
「じゃあホルフマンのとこの息子にはあるってのかい」
「これまで黒い炎は聖女の魔力がなくなるまで消えることはなかった。つまり、聖女が死ぬまであの炎は消えぬ。だが、今回は消えた。憎しみの呪いの炎を消せるのは愛のみ」
イーディスは買ってきた串焼きを頬張りながら、ラルスの部屋でくつろいでいた。ミュリエルが目覚めたので、神殿の張りつめた空気はすでに緩んでいる。
爆発事故に今回の騒動、ペトラもミュリエルも倒れたこともあって神殿関係者たちは疲弊していた。
「一体何が望みなのか、スタイナー公爵夫人は離婚に賛成しておるから手続きはスムーズに進むじゃろう。離婚の手続きなんて久しぶりじゃから手順を忘れたわい」
「あのご夫人は変な人だよ。ミュリエルはまだ治癒魔法が使えるのに」
「あぁ。レックス・スタイナーのあの酷い火傷も綺麗に治っておった」
「聖女じゃなくなるから離婚させるってんなら分かるがねぇ。ま、そんな身勝手な理由じゃスタイナー公爵家からは離婚はできないがね」
「あのご夫人もご夫人なりにミュリエルのことを考えておるんじゃろう。やり方がまわりくどいのと、普通じゃないから伝わりにくいだけで」
ラルスは目が疲れたらしく目頭をおさえながらゆるく首を振る。
「結局、黒い炎の後もミュリエルは生き残ったねぇ。聖女はまた生まれて来るじゃろうか」
「それが分かるのはこれからじゃ」
「メイア様の時のように聖女の力と数が減ったら、あたしゃいつまで経っても引退できないよ」
「別にずっと神殿におればいいだろう。ワシだってくたばるまでおるんじゃ」
イーディスは新しい串焼きを袋から取り出した。
「治癒魔法は神が人間に与えた力。聖女の力が弱まり、数まで減ったということは神が力を与えたくないとも受け取れる。メイア様の後のことを考えるなら、我々は神の意思に背いたことになるんじゃないかとずっと考えてたんだがね」
「しかし、また力の強い聖女は出てきた。そして黒い炎も」
「あたしはもう小娘がぶっ倒れるのも、死んでいくのを見るのもごめんだよ」
「それはワシら次第じゃろう。ミュリエルとホルフマン次第とも言えるが、あえて言おう。ワシら次第じゃ。報われていない何かがあるから愛と憎しみの聖女は何度も出現するんじゃろう。それはきっと神の意思じゃ」
「報われるまでずっと生まれ変わるってのかい」
「ワシの立場では生まれ変わりとは言えん。別人かもしれんじゃろう」
「ラルスも強情だね。ほら、串焼き一本食べるかい?」
「そんな脂っこいものは食べん」
イーディスの差し出した串焼きをすげなく断るラルス。
「やれやれ。あたしはいつ引退できるのかね」
「お主の場合は罪悪感が終わるまでじゃろう」
「は?」
「そんなに肉を食べて『肉の聖女』で誤魔化しても無駄じゃ。お主が聖女メイアの事件の後から魔力量が増えたのは分かっておる。『自分が死ねば良かった』それがお主の聖女としての原動力じゃろう」
イーディスはぽかんと開けた口を誤魔化すために串焼きを口に入れる。
「あのアホな王子は騙せるだろうが、長く一緒にいるワシは誤魔化せんぞ」
「ふん。あたしくらいになれば魔力測定で魔力量を誤魔化すくらい造作もないんだよ。そもそもあたしは王家を信用してない。あの婚約解消されかけるアホ王子に普通に馬鹿正直に協力するわけないだろ」
「そんなに肉ばっかり食べんでもいいと思うが? そういえばルーシャン殿下は結局婚約解消されなかったのじゃな」
「肉食べるのはもう癖になっちまったんだよ。婚約解消されたら良かったのに。ランバード家のご令嬢は心が広いね。相変わらずあのアホ王子はペトラのことも『金の聖女』だか『守銭奴』だと思っているようじゃし。あのペトラがそんなタマな訳あるまい」
テーブルの上には空になった袋。部屋には串焼きのタレの香りが漂っていた。
「そういえば、あのスパイはどうなったんだい?」
「どのスパイだ? 王家の? 他国の?」
「王家のスパイなんていつでも潰せるじゃないか。他国のだよ」
「聖女の治癒魔法の秘密を盗もうとしている他国のスパイか。ガセネタは掴ませたがな。仮に秘密が漏れたところで、普通の人間が治癒魔法を使えるようにはならん。せいぜいできるのは聖女候補を他国に勧誘するくらいか」
「引っ掛かる子がいるのかね」
「ベサニーくらいなら引っ掛かるじゃろう」
「そうかい」
「他国に出たらベサニーくらいの力しかないなら、もう全く治癒魔法は使えんくなるじゃろう」
「それは言わなかったのかい?」
「ああいうタイプは身をもって知らんと理解できんじゃろう」
ラルスが静かに書類にペンを走らせるのを、イーディスはただただ見ていた。




