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聖女は夫を呪いたい  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売
第六章 聖女の呪い

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いつもお読みいただきありがとうございます!

 ミュリエルが目を覚ますと、辺りは暗かった。魔力が枯渇しかけた症状である体の怠さを感じながら起き上がる。月明りに照らされたのは神殿で与えられている部屋だ。


 左手側ではノンナがイスでカーカー眠っている。扉の近くのソファにはペトラが横たわって眠っていた。夜遅いようだが、今どんな状況だろうか。

 確か、公爵邸で黒い炎が――


「んがっ」


 ノンナが自身の激しいいびきで目を覚ました。


「んんっ! ん? ミュリエル様!」

「ほあっ?」


 起きたノンナの大きな声でペトラもがばっと起きる。


「ミュリエル!」

「うわーん! ミュリエル様! 良かったぁ!」

「えっと、どういう状況なのかしら?」


 凄い勢いでベッドに近寄ってきた二人から、丸三日ミュリエルは眠っていたと聞かされる。ミュリエルと一緒に倒れていたイザークはまだ目を覚ましていないようだ。



「レックスは?」


 イザークのいる部屋へペトラに先導され、ノンナに肩を貸されながら向かう。


「あのボンクラのことなんて知らん」

「酷い火傷でペトラ様とイーディス様の治癒魔法も効かず……おそらく数日中には……」

「先にレックスのところに寄ってもいい?」

「……まぁいいけど」

「本気ですか?」


 二人は難色を示しながらもレックスのところへ連れて行ってくれた。

 レックスはガーゼと包帯だらけでベッドに横たわっていた。たまにヒューヒューと呼吸音がする。


「全身、特に上半身の火傷がひどい。痛覚は失われて肌の表面は死んでる」

「そう……」


 ミュリエルはノンナの肩から腕を外して、レックスに近付いた。


「治癒する気? ミュリエル、いくら魔力暴走に巻き込んだからって」

「まだ魔力が回復してないから治癒は無理よ。それにペトラたちの治癒魔法が効かないのだし……少し二人きりにしてくれる?」

「何をするつもり?」

「少し、整理したいのよ」


 ペトラはしばらくミュリエルとレックスを交互に眺めていたが、視線を落としノンナを連れて部屋を出た。扉が閉まったのを確認して苦し気に息をするレックスに向き直る。


「ねぇ、レックス。あなたはちゃんと教えてくれていたのね」


 ミュリエルは横たわるレックスの側のイスに座る。


「私があなたを愛していないってことを。ずっと」


 レックスはずっと分かっていたのだ。ミュリエルがレックスのことを愛していないことを。


 ミュリエルだってそんなことは思ってもみなかった。ミュリエルは馬車の事故の時に「ありがとう」と言ってくれたレックスが好きだと思い込んでいた。自分はレックスを愛していると思い込んだ。そして浮気されても、自分が愛し続ければいずれレックスも愛を分かってくれると信じ込んでいた。


 でも、ミュリエルの信じていたものは愛じゃなかった。もし愛だったとしても次元の低い愛だった。

 与え続けるだけでミュリエルは疲れてしまった。レックスも「くれくれ」と欲しがるばかりでミュリエルに愛を与えてくれなかった。婚約した時からこんな不毛なことをし続けていたなんて。


 いや、レックスも悪いような言い方になってしまったが違う。ミュリエルの愛が間違っていたから、レックスはこうなったのだ。

 レックスは鏡に反射させるようにミュリエルの愛が間違っていることを浮気や愛人を囲おうとすることで教えてくれていた。ミュリエルと出会う前のレックスならこうじゃなかったかもしれない。


 彼を助けたくて聖女の力が覚醒したんだと思っていた。イザークのことを忘れ、聖女であることに固執したミュリエルが自分で自分を裏切っていたことを、レックスは浮気という裏切りで教えてくれた。


 ミュリエルは聖女になったことで自分で自分に呪いをかけた。

 馬車の事故で力が覚醒したのはイザークとの前世のことがあったから。しかし、覚醒したにも関わらずミュリエルは自分に呪いをかけてしまった。

 ただただ、前世でのイザークを救いたかった。そのために聖女になったはずだった。なのにミュリエルがしていたことは全く違うこと。


「ありがとう、レックス。私に愛を教えてくれて」


 憎しみを向け一度は呪って黒い炎で焼いた相手に、ミュリエルの口からそんな言葉が自然に零れる。嘘でも間違っていても一度は愛したはずの相手。


「私、もう聖女をやめてもいいと思ってるの。可能なのか分からないけど」


 ミュリエルがそう口にすると、虹色のまばゆい光が部屋を満たした。


 扉の前で待機していたペトラとノンナが勢いよく部屋になだれ込んだ時には、レックスのやけどは綺麗に治っていた。


 同時に別の部屋に寝かされていたイザークも目を覚ましていた。

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