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聖女は夫を呪いたい  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売
第六章 聖女の呪い

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7(ノンナ視点)

いつもお読みいただきありがとうございます!

「黒い炎ねぇ。それは確かかい?」

「はい、間違いありません」

「もう消えたのかい?」

「はい。見ての通りです」

「へぇ、おかしいねぇ」


 イーディス様は公爵夫人から話を聞くと、部屋中に鋭く視線を走らせる。


「とりあえず、ミュリエルを馬車に運びな。神殿で療養させる。あとはこの火傷の酷い嫡男をどうする? ラルス」

「医者も匙を投げるレベルじゃろう。そいつも神殿じゃ。公爵夫人、馬車が足りんのでお借りしても?」

「もちろんでございます」

「イーディス様! ミュリエル様ですが……気を失ったまま護衛の服をつかんでおられて離さないので……一緒に運んでも?」

「細かいことはどうでもいいよ。そうしな」


 ひぃぃ!

 膝をついて肩で息をしながらペトラ様がムキムキ神官に軽々と運ばれるレックス・スタイナーをめちゃくちゃ睨んでいる。怖い。視線だけで小動物なら死にそう。リスならいちころ。猪や熊でも後ずさりしそう。


「ペトラ。なにみっともない真似してるんだい。さっさと立ちな」

「……はい」


 ペトラ様がふらつきながら立ち上がるので、ノンナは慌てて走り寄って肩を貸した。怖いけど……イーディス様の前ではペトラ様でもノンナでも公爵夫人でも等しく小娘だ。


「派手に魔力を使ったもんだ。あんたはまだまだ青いし馬鹿だねぇ」

「治癒魔法が弾かれてきかなくって……」

「だろうね。ペトラもその娘も馬車に乗りな。帰りながら説明するよ。ラルス、あとは任したよ」

「あぁ、箝口令を敷く」


 なんで箝口令? 普通みんな言わないんじゃない? 公爵家の不祥事的な?

 というか私、怒られないの? それどころじゃない?

 頭に疑問を浮かべながらもノンナはペトラ様の肩を支えて歩き、馬車に押し込んだ。



「ありゃ、聖女の呪いだよ」

「呪い?」


 イーディス様とペトラ様と私。なぜかこの三人で公爵家の馬車に乗っている。

 ノンナは乗合馬車にしか乗る機会がないので、揺れの少なさと座席のふかふか具合に驚いていた。こんな状況じゃなきゃ、一度はジャンプしてみたい。


「黒い炎は聖女の呪いだよ。黒い炎で焼かれた者は治癒魔法がきかない」

「えっと……公爵様は治癒されてました。ミュリエル様にかぶさってた護衛の方も……」


 ペトラ様はぐったりしんどそうなので、ノンナは恐る恐る疑問を口にする。


「燃え移っただけだろう。最初に炎がともって焼かれたら治癒魔法がきかないんだよ。まず、あの嫡男が燃えてそれから公爵に燃え移ったんだろ。ホルフマンとこの息子もそう。だから嫡男だけ治癒魔法がきかないのさ」

「でも……黒い炎なんて知りませんし聞いたこともありません」


ペトラ様が口を開いた。


「そりゃあそうだね。あたしゃビックリしてるよ。あんなことがまた起きるなんてね」


 イーディス様は懐から袋を取り出し、そこからジャーキーを取り出して口に入れた。

 なんで今、ジャーキー?


 馬車の密室空間の中にジャーキーの香りが満ちる。ペトラ様は特段何の反応もしないが、ノンナは頭の中がずっと?マークだった。

 ノンナの困惑した視線を完全にスルーし、ジャーキーをくちゃくちゃ噛みながらイーディス様は話を続ける。


「あれは力の強い聖女にしか起きない現象さ。光が強くなれば闇も必然的に色濃くなるってわけだ。力の強い聖女の心が闇に飲まれた時に治癒魔法があの黒い炎を生み出すと言われている。ま、これは単なる言い伝えで信じられていなかったが、ミュリエルの今回の件で信じざるを得なくなったかねぇ。なんたって以前黒い炎が出現したのは戦時中。あの時は一日中黒い炎は燃え続けた。だから今回とはちょっと違うんだがね」

「そんなの……聖女候補の時に習いませんでした……」

「当り前だろう。こんな不確定でびっくりどっきりな要素を誰が聖女全般に語るってんだい。あたしゃ、黒い炎を見てからこの言い伝えを知ったんだからね。そん時だって信じてなかったさ。今だって信じられないよ」


 イーディス様っていくつなんだろう……。戦争が起きたのが約八十~九十年前で、戦時中は数名の聖女様のみ神殿に残して聖女候補でも関係なく前線に送られていたと聞くから……。


「以前黒い炎を出現させたのは聖女メイア様だよ。彼女の夫が前線で重傷を負ったのに、意図的に知らせずメイア様を他の者の治癒にあたらせていたからね。当時、もっとも力のある聖女がメイア様だった。あたしの魔力量なんてメイア様に比べたら一割もないよ。あたしと他の聖女候補がメイア様の夫の治癒をしたが、あまりに出血が多く治癒が間に合わなくて助からなかった。ま、治癒してても間に合わなくて目の前で息絶えるなんてあの頃じゃ普通だったがね」


 イーディス様は新しいジャーキーを口に入れる。


「夫が亡くなったことを知ったメイア様の悲しみ様は、そりゃあ見ていられなかった。メイア様はあの時、無茶な奇襲を仕掛けて負傷した王子と護衛たちの治癒をしていたからね。切り上げてメイア様が夫の治癒をしていたら助かっただろう。メイア様の魔力量ならできた。あたしじゃ無理だよ。でもいくらメイア様でも亡くなった人間を蘇らせることはできない」


 くっちゃくっちゃとジャーキーを噛む音が馬車に響く。


「泣き続けるメイア様を見ていられなくて、あたしたちはその場を離れた。入れ替わりにメイア様を呼びに行く兵士とすれ違ったね。その兵士が何を言ったのかは知らない。多分、他の兵士の治癒を促しに行ったんだろう。しばらく兵士たちの治癒を行ってふと目を上げると、メイア様がいらっしゃったテントは黒い炎に包まれていたんだよ。赤でも橙でもない、ありゃ黒かった」


 ジャーキーを噛んでいる音がいやに耳につく。

 ノンナは何となく分かった。この話はイーディス様にとってのトラウマだ。


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