6(ノンナ視点)
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「面白い子ね」
男性に言われたら不味いセリフだが、公爵夫人に言われたらさらに不味い気がする。
私の人生終わった……短い人生だった。
「確かに迷惑ね。どうすればいいかしら。図々しいけれど死なない程度に治癒してくださる? そうしたらこの子も次元の低い愛ではない、本当の愛が分かるかもしれないわ。生きていればいずれミュリエルに感謝し謝罪する日がくるでしょう」
公爵夫人が「次元の低い愛」とかすごいことを仰っているが、ノンナは遠い目になった。
貴族相手にあんなこと言っちゃうとか……いやミュリエル様に暗い感情を向けていた時点で私はとっくに終わっていたのかもしれない。最後くらいミュリエル様のことを考えよう、うん。だってミュリエル様は……レックス・スタイナーが自分の魔力暴走で死んだと知ったら罪悪感を抱いてしまう人だから。
「ちっ。しゃーねーな」
ペトラ様の盛大な舌打ちと悪態でノンナは我に返る。
「ったく。治癒すんのも癪だけど、こいつがあっさり死んでミュリエルが苦しむのも癪だな。こいつの言う通りなのがほんと癪だけど」
使用人たちはおびえているが、ペトラ様はこれが普通である。
キラキラした白い粒が宙を舞い――レックス・スタイナーの体にふりかかる前にパチンッと爆ぜた。まるで拒絶されたかのようだった。
「あぁ?」
ペトラ様、そんなドスの効いた声出さないでください。私は人生どうでもいいモードですけど、聖女のイメージ崩れて神殿への寄付が減りそうなんで……。ギャラリーいるんで。
ペトラ様は舌打ちしながらまた治癒魔法をかける。今回は強めにかけたようだ。白い粒が先ほどよりも多く輝いている。
パチンッ
まるで見えない何かに弾かれたように、白い粒は掻き消えた。
「治癒魔法がかからん」
ペトラ様は信じられないことを口にした。
一瞬、治癒魔法をかけたくなくて嘘をついているのかと思ったが、先ほどよりも汗の量が増え息も荒い。治癒魔法をかけて魔力を消費している証拠だ。
「そんなことって……」
「嘘はついてねぇからな。いくらアタシでも治癒魔法かける振りなんてダサい真似しねーよ」
「それはちゃんと分かってます! すごい汗です!」
ノンナはハンカチを差し出しながら懲りずに叫ぶ。公爵家の使用人たちが疑わし気な視線をペトラ様に向けているからだ。ペトラ様は口は悪いが、そんなこと意地の悪いことはしない。
「治癒魔法が弾かれて拒絶されてる」
「そう。じゃあ、それが神の答えなのかもしれないわね」
公爵夫人はこんな状況でもただ一人、落ち着き払っていた。平手打ちの時もだが貴族って怖い。
「ちっ。もう一度」
ペトラ様はハンカチで乱暴に汗をぬぐうと、大きく深呼吸した。
「いいのよ。レックスはここで死ぬ。それが神の答えなのでしょう。あなたもそんなに治癒魔法をかけ続けては疲れてしまうわ。この子は黒い炎に最初に焼かれ――」
公爵夫人は言葉を途中で切った。ドドドドっと不穏な音が近づいてくる。
使用人たちは不安そうな顔をしているが、ノンナは音の正体に見当がついた。
ペトラ様も分かっているだろうが、今は治癒魔法を一番火傷の酷い箇所にかけて……また弾かれた。魔力消費が激しいのか、肩で息をしている。
ドドドドという音はどんどん近付いてくる。
「ここか!」
平民の家なら床が抜けているだろう。そんな音を響かせながら登場したのは、イーディス様をおぶったラルス神殿長。それよりも少し遅れて神官数人が部屋になだれ込んできた。
神殿長……イーディス様をおぶって神殿からここまで走ってきたんだわ……。
後ろの神官たちもそう。だってこの人たち、いっつも走ったり、筋トレしたりしてるもの。
いきなりムキムキのおじいちゃんと男たちが乱入してきて、部屋はカオスな状態だ。
「やれやれ。早いのはいいが、むさくるしい男の背は乗り心地が悪いね」
背負われて登場したはずのイーディス様は、めちゃくちゃ偉そうな口調で銀髪をなびかせながら床に下り立った。
「さて、小娘。この状況を説明しな」
百歳を超えるイーディス様から見れば、ここにいるのは全員小娘だろう。
でも、ノンナは安心した。
イーディス様の登場がムキムキおじいちゃんに背負われていようとも、床に下りたイーディス様の視線がテーブルの上の肉に一瞬いっていたとしても。
その場を支配するだけの強さをイーディス様は持っていた。




