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聖女は夫を呪いたい  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売
第一章 熱い視線

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いつもお読みいただきありがとうございます!

 朝の祈りを終えて、仕事を始める。

 ミュリエルは神殿の一室で一人の男性と向かい合っていた。


「聖女様は俺の気持ちなんて分かんねぇよ!」

「はいはい、落ち着いてね。鼻水出てますよ」

「頼むから死なせてくれぇ!」


 ミュリエルは「死にたい」と叫ぶ平民の男性を前にして怯えることなく、笑顔で対応する。ここでは貴族相手のように気取った話し方はしない。


「この前は娘が結婚するまで死ねないって言ってたじゃない。娘の結婚相手を『娘は嫁にやらん!』って殴るんでしょ? テーブルひっくり返すんだっけ?」

「うぅ……でも別居してる妻が全然娘に会わせてくれないんだ……」

「仕方ないでしょ。あなたは仕事ばっかりで全然家に帰らなかったんだから」

「聖女様、治癒魔法をかけてくれ! そうしたら風邪で簡単に死ねる!」

「簡単に死ねるなんて言わないの。さすがに治癒魔法一回じゃ風邪で死ぬなんて無理よ。家族の同意書がないとできないから、話し合って同意書をもらってきてね」


 透明なガラスの向こうのイスから立ち上がり、ミュリエルになんとか縋りつこうとする男を神官と神殿の騎士達が押しとどめる。


「無理やりにでも離婚されてないんだからまだ望みはあるわよ。誠意を見せなきゃ。神もあなたの誠意を見ておられるわ」


 ミュリエルはがっくりうなだれた男とガラス越しに目線を合わせて励ます。


「お、なんじゃ。元気な声が聞こえると思ったらまたお前さんか。これからちょうど神殿に食料が届くから運ぶのをお前さんも手伝え。そんだけ大声を出せるなら元気があり余っとるじゃろう。部屋にこもって考えてばかりじゃとダメじゃぞ」


 暑そうに顔を手で仰ぎながら現れたラルス神殿長は、男の首根っこを掴むと引き摺って行った。よくある光景なので、助けを求める男をミュリエルや神官たちは手を振って見送る。


「どうやら神殿長が神殿前での争いを収めてくださったようですね」

「それにしてもあの方、懲りずに毎週来ますね……」

「いや、ミュリエル様がお休みの時は来なかった」

「ペトラ様は相手をなさらないからな」

「イーディス様は話聞きながらうまいこと寝てるから、イーディス様だけの時も来ないぞ」

「毎週じゃなくてたまに二週間に一度になる時もあるぞ」

「悩みがあるって言って、お優しい聖女様に構って欲しいだけだろ」


 神官や騎士達が愚痴ともとれる内容を話しながら、さっきの男が倒したイスを直している。


 先ほどの男性はほぼ毎週、時に隔週、神殿にやってきて「別居中の妻が娘に全く会わせてくれない。死にたい」と言うのだ。

 話を聞くと、仕事と付き合いの飲みばかりで家に帰らず子育て中の妻に愛想を尽かされて出て行かれたようだ。


 聖女で同僚のペトラは何て言ってたっけ。「ああいう人間は病める時も健やかなる時も自分のことだけしか考えられないのよ。妻子が出て行ってやっと気付くとかおっそい!」って怒ってたっけ。ミュリエルは新婚旅行に行っていて、ペトラは他の地域の神殿に応援に行っているからしばらく姿を見ていない。


「聖女様、お疲れ様です。相談のある方はひとまずこれで終了です。あとは我々でやっておきますので」


 神官に言われて休憩に向かう。


 聖女の仕事といえば治癒魔法をずっとかけているイメージがあるが、そんなことはない。

 一日三回祈りを捧げ、昼はさっきのように神殿に来た人々の相談を聞いたり、神殿の運営する孤児院の子供達と遊んだり、支援のお菓子作りや刺繍をしたり、神事の準備や開催、結婚式の祝福などいろいろだ。


 中でも悩みのある人の話を聞くのは疲れる。どうしてもマイナスに気持ちが引き摺られてしまうから。


 今日の様に神殿前での争いを見たり、「死にたいから治癒魔法をかけてくれ」と言われたりすると考えてしまう。聖女候補から聖女に正式になった時は嬉しかったのに。今では聖女の存在意義を考えてしまうのだ。治癒魔法にデメリットなんてなければ良かったのに。

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