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聖女は夫を呪いたい  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売
第六章 聖女の呪い

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いつもお読みいただきありがとうございます!

 ミュリエルの頬を涙が伝った。

 思わず、両手でイザークの頬に触れようとしてハッと手を引っ込める。黒い靄がまだ出ているからだ。こんな手で彼に触れてしまったらどうなるか分からない。


 イザークはそんなミュリエルの様子を見てふっと笑うと、かがんで額をミュリエルの額にくっつけた。

 今度はしっかり視線が交わった。イザークの瞳は相変わらず、焼けそうなほどの温度を伴ってミュリエルを射抜いている。


 あぁ、そうだ。思い出した。私はこの人を助けたくて今回も聖女になったんだ。


 カーティスの時は彼を救いたくて聖女の力が現れたのに、聖女だったからこそカーティスは死んだ。じゃあ、聖女なんかでなければいい。


 でも、次は馬車の事故だ。聖女じゃないからミュリエルは救えなかった。

 アイザックはミュリエルを庇って死んだ。ミュリエルはアイザックに突き飛ばされたおかげで事故に巻き込まれなかった。


 アイザックが死んだ後、彼の持ち物の中から真新しい指輪が出てきた。彼はあの日帰ったらミュリエルにプロポーズするつもりだったのだ。二人で帰れていたら。あの馬車が暴走していなければ。


 ミュリエルは前回アイザックを救えなかった。泣くことしかできなかった。

 そして今回は――彼を救えるようにまた聖女になった。だから、ミュリエルの力は馬車の事故の時に覚醒したのだ。そうしてアイザックを、今はイザークのことを思い出すために。


「先に見つけてあげられなくて……ごめんなさい。あなたと約束したのに……思い出すのが遅くって」


 魔力がこのまま制御できなければ誰かが死ぬだろう。魔力が漏れ続けてやがてなくなればミュリエルが危ないし、黒い炎に焼かれているイザークたちも危ない。


「俺が先に見つけたからいいですよ」


 イザークの息が顔にかかる。

 ミュリエルは黒い靄を気にせずにイザークの頬に触れた。


「やっとあなたから触れてくれた」


 その言葉と同時にイザークはミュリエルに覆いかぶさるように崩れ落ちた。ミュリエルもイザークの重さで一緒に床にへたり込む。


「え……?」


 黒い炎は消えていた。ミュリエルの周囲からもレックスと公爵を焼いていた炎も。

 ミュリエルから魔力はもう漏れていない。


「イザーク?」


 意識がないイザークの背中に触れる。焦げた服の感触。慌てて体をずらすと、ただれている皮膚が見えた。木材も敷物も燃えていないのにどうして? イザークは私を助けるために炎の中に飛び込んだから?


「炎が消えた!?」

「神殿からはまだ誰も来ないのか? じゃあ、医者は!?」

「早く公爵様とレックス様に治癒を!」


 使用人たちが騒ぎ始める声が耳に入る。


「ミュリエル様!」


 使用人の一人が駆け寄ってきて、イザークをミュリエルからどかそうとする。


「やめて! 動かさないで!」

「ミュリエル様! レックス様が危険な状態なのです! 一刻も早く治癒を!」


 治癒? かなり魔力が漏れてしまったが、残っているだろうか。

 イザークの体を抱きしめて、周囲を見回す。公爵は左腕から顔半分が焼けているようだ。レックスは……全身火傷しているのだろう。髪の毛まで燃えていて誰だか分からない。


「一人しか治癒できないわ。魔力が残っていないの」


 イザークの脈があることを確認しながら、ミュリエルは答えた。


「では、レックス様を! 死んでしまいます!」


 どうして? どうしてレックスを治癒するんだろう。呪うほど憎んだ彼のことを。そんなことしたらイザークが今回も死んでしまう。

 義母は? 義母はどこ?


 義母は公爵の火傷していない方の手を握っていた。なぜか笑みを浮かべている。

 ミュリエルの視線に気づいたのか義母は公爵から離れ、ミュリエルの近くまでやってきた。


「制御できたみたいね」


 ちらりとイザークに目をやる。


「火傷が広範囲ね。炎に触れてしまった人間はもれなく火傷をしているわ。で、どちらを選ぶの?」

「え?」

「一人しか治せないんでしょう? イザークもこのまま放っておいたら危険よ。火傷の範囲が広いもの。神殿から聖女様がいつ来るか分からないのだし。早く治してあげなさい」

「公爵様は……」

「あれはいいのよ。火傷したままなら愛人に見向きもされないし、日常生活も介助がいるでしょうし。ふふ。やっと私だけの旦那様にできるわね」

「レックスは……」

「ズルいと思うでしょうけどあなたの心のままに。私はどちらを助けるとも決めないし、あなたに強制もしないわ。そんな顔をして何を迷っているのか理解できないけど」


 迷っているのは聖女だから。

 現場で染みついた感覚。まず重傷者から治癒するという役割。聖女だからイザークを今回は救えるのに、聖女であることがミュリエルにまたブレーキをかける。


「聖女であることがそんなに大事なの?」


 義母は不思議そうに言った。

 そう、ミュリエルはずっと聖女であることに縋っていた。


「あなたは何が大事なの? 私はこの状況になって分かったわ。レックスには自分の存在意義のために縋っていただけ。旦那様が無事で忌々しいのに同時にホッとしている自分もいる。私は旦那様が一番大事なのよ」


 義母の言葉にミュリエルの目からまた涙が流れる。イザークの手を握ると、部屋に虹色の光が溢れた。

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