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聖女は夫を呪いたい  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売
第六章 聖女の呪い

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いつもお読みいただきありがとうございます!

 魔力が零れる感覚は昔にもあった。まだうまく治癒魔法を扱えない頃、感情に左右されて制御できなくなったのだ。そんなときの魔力はいつも金色の混じった白だった。でも、今ミュリエルからあふれているのは黒い色の魔力だ。


「え?」

「ギャアアア!」


 ミュリエルが驚いた声を上げるのと同時にレックスの悲鳴が聞こえた。

 レックスの体が黒い炎に包まれている。ミュリエルは温度を感じないが、レックスは熱いようだ。


「レックス! ミュリエル、レックスを早く治してくれ! ひぃっ!」


 公爵が暴れるレックスに駆け寄るが、公爵にも黒い炎が燃え移った。


 ミュリエルが呆然としている間に義母が水をもってこさせて消火させているが、炎はまったく衰えない。焼ける臭いが部屋に満ちる。


「ミュリエル様! 治癒を!」


 使用人が呆然と座ったままのミュリエルに近付いてきたが、ミュリエルに手が届く前に、まるで守るようにミュリエルの周囲にも黒い炎が出現した。

 使用人たちはミュリエルやレックス、公爵を遠巻きにして誰も近付けない。


 まるでこの前の夢みたいだ。あの時と同じような、人が焼ける臭いそして真っ黒な炎。



「ミュリエル。聞いてちょうだい」


 呆然と目の前の光景を眺めているミュリエルに、義母の落ち着いた声が聞こえた。


「あなたの手を見て」


 ミュリエルは言われた通りに手を見る。ミュリエルの手からじんわり黒い靄が出続けていた。体の他の部分からは出ていない。


「多分、それがこの炎の原因よ。制御できそうかしら?」


 義母はこんな状況なのに落ち着き払っている。

 ミュリエルは深呼吸して魔力を制御しようとした。候補の時は別として聖女になってから制御できなかったことはないのだが、今日はできない。魔力の流れがつかめない。


「できなかったら、別にいいわ」

「え?」

「まずは落ち着きなさい」


 制御できずパニックになっているミュリエルに義母は穏やかに言う。笑みまで浮かべている。


「さっきのあなたの発言から推測してこれはあなたの呪いかもしれないけど、ふふ、見て。まるで私の怒りを体現してくれているようだわ。ほら不思議。木材も敷物も燃えていない。燃えているのは腰抜けスタイナーだけ」


 言われてからミュリエルは初めて気づいた。黒い炎は公爵とレックスを燃やしているだけで、屋敷は一切燃やしていない。しかし、ミュリエル以外には熱く感じるようで使用人たちは公爵とレックスに水はかけれても触れることはできないようだ。夢の中では一面焼け野原だったが、そこは違う。


「なんて美しい炎なのかしら」


 義母だけが恍惚とした表情で炎に魅入っている。


「これは……一体」


 騒ぎを聞きつけてイザークも下りてきたようだ。

 燃えている二人を見て呆然としていたが、ミュリエルを見つけると駆け寄ってきた。


「だめ!」


 近付いてきたイザークに向かってミュリエルを守るかのように黒い炎が襲いかかる。腕で顔をかばいながらイザークは距離を取った。


「魔力が……制御できないの!」


 炎を隔ててミュリエルは叫ぶ。


「愛人の件でも話し合っていたんですか?」

「そうよ!」

「まだ……レックス様のことを愛していますか?」

「え?」


 今そんなこと聞かれても。魔力の制御が先だ。みんな頑張って炎を消そうとしてくれているのに。

 必死に制御しようとするミュリエルの視界に、使用人から水を奪って頭からかぶっているイザークが見えた。


「来てはだめよ! 制御できていないんだから! 何が起こるか分からないわ!」


 ミュリエルは立ち上がって壁際まで走り、イザークから距離を取る。黒い炎もミュリエルの動きに合わせて動いた。


「熱い! 熱い! 早く消せ!」

「ふふ。なんて美しいのかしら」

「夫人、危ないので下がってください!」

「神殿に使いを!」

「もっと水を持ってこい!」


 さまざまな叫びが飛び交っている。


「レックス様のことはどうなんですか?」


 頭から水をかぶったイザークが水を滴らせながら再び炎に近付いてくる。


「制御ができないから静かにして!」


 どうしよう、今までこんなことなかったのに。

 こんなに制御ができないことなんてなかった。魔力が最近増え続けていたから?


 そうこうしているうちにイザークが炎の中に飛び込んできて、ミュリエルの顔の横の壁に両手をついた。髪からぽたぽたと水が滴っている。イザークは息をつくと、ミュリエルを囲い込むように距離を詰めた。


「イザーク! 背中が!」


 イザークの背を炎が舐めている。イザークはほんの少し顔を歪めたが、ミュリエルに顔を近づけてきた。

 もう少しで額が触れてしまいそうだ。イザークの前髪がミュリエルの眉あたりをかすめる。視線が合いそうになって、ミュリエルはとっさに目をそらした。相変わらず両手から黒い靄が発生している。


 イザークが覆っているせいで向こうの景色が見えない。でも、炎はまだ消えていない。焼け焦げる臭いがまだ鼻につく。


「あなたの炎になら焼かれてもいい」

「馬鹿なこと言わないでっ!」


 ギリギリのところでイザークはミュリエルに触れていない。ミュリエルは涙が出そうになりながら、必死に魔力を制御しようと感覚を研ぎ澄ませる。


「あなたにまだ触れてもいないのに、こんなに愛してる」


 そんな言葉が降ってきて思わずイザークを見上げた。炎のように熱い視線とぶつかる。


「っ」


 炎で焼かれているせいだろう、イザークは額に汗を浮かべながら表情を歪めた。


「夢で見た時からずっと。実際のあなたに出会う前からずっと……あなたを愛してる」

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