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どうしてイザークに見つめられるだけで嬉しいのだろう。
レックスに愛されていない隙間をイザークが埋めてくれるからだろうか。これってレックスがやっていることと同じなのかしら。レックスもきっと何かに縋って不足感を埋めようとしている。それとも、お義母様と同じなのかしら。
相変わらず使用人たちには腫物を触るような扱いをされており、夢の内容もよく分からないが、ミュリエルは泣いたことですっきりしていた。
数日間の休みでしっかり体を休め、神殿に行く。今日はルーシャン殿下がいらっしゃる日だ。
指定された部屋に行くと、すでにペトラがイスにふんぞり返っていた。ペトラの前でルーシャン殿下が縮こまっているように見えるのは気のせいだろうか。
「聖女ミュリエル、体調は大丈夫か?」
「はい」
殿下は疲れた表情だが、以前ほど暗い空気をまとっていない。そもそも体調について聞かれるなんて初めてだ。ミュリエルは呆気にとられたが、ペトラはイスをガタガタ言わせながらニヤニヤ笑っている。
「じゃあ早速、魔力の測定を。うーん、また増えてるな。何か心当たりは」
「オッホン!」
ルーシャン殿下の言葉をペトラがわざとらしい咳で遮る。
「いや……なんでもない。忙しい中協力に感謝する」
ルーシャン殿下がいやにビクビクしている。なぜだろうか。
「心当たりは……分かりません。いろいろあったので」
「そうだな……」
ルーシャン殿下は目を伏せる。ルーシャン殿下が愛人の情報を持ってきたのだ。もしかしたら男爵令嬢と神殿で遭遇したことも知っているのかもしれない。
「殿下は大丈夫なのですか?」
「これは自分の行いの結果だから自分で頑張るさ。何か、魔力の増えるこれという心当たりがあれば手紙でもなんでも教えてほしい」
「ミュリエルさまぁ~」
殿下との話が終わって神殿を歩いていると、ノンナが走ってきた。やたら体をクネクネさせている。
どうしたのかしら、顔も赤いしクネクネしてるけど、どこか痒いのかしら。見たところ虫に刺された跡はないけれど。挨拶しながら疑問に思っていると、
「私、結婚することになりました」
えへへっと嬉し気に告げられた言葉にミュリエルは固まる。
「だ、だれと?」
「えっと。ペトラ様の旦那様の同僚の方です」
「もしかして、この前一緒に歩いてた人?」
「あ、はい。そうなんです~」
「だ、大丈夫なの? そんなにあれから日が経ってないけど」
この前の靴屋の息子。確か名前はジョゼフを思い出してミュリエルは心配になる。
「大丈夫とは言えないですけど、フィーリングが合うんですよね」
「そ、そう」
フィーリング? 本当に大丈夫なのかしら。
いや、疑うのは良くない。この前のジョゼフとは長く婚約していたのにダメになったのだし、そもそもレックスだって十数年単位で婚約していてああなのだから。日数や年数はこの際無視した方がいい。
「みんなにそんな顔されてますけど。でも一緒にいて落ち着くんですよね」
「それは大切ね」
「昨日プロポーズされてびっくりしたんです」
「私も今びっくりしてるわ」
急に結婚することには驚きだが、ジョゼフと婚約していた時よりもノンナは幸せそうだ。というか恋をしている空気が漂っている。交際期間など取るに足らないことなのかもしれない。
「彼は商人で国外によく買い付けに行くので。ついてきてほしいと言われていまして」
「え? じゃあ神殿の仕事を辞めるの?」
「そうなります……」
ノンナはここで一転して落ち込んだ表情を見せた。
「ミュリエル様と離れたくないんですけど」
「うーん、でも買い付けってイライアス様もなかなか帰ってこないし。離れているのはキツイんじゃないかしら」
「そうなんですよ……病気やケガや浮気やら心配になるし」
ノンナはそこから心配というのろけを連発していたが、表情を引き締めてミュリエルに向き直った。
「えっとだからですね、ミュリエル様。私が言いたいのはですね」
「どうしたの?」
「私が一番言いたいことは! 万が一、この国から逃げたくなったら言ってください。私が国外への逃走ルートを確保しておきますので!」
「え?」
「クラークの荷物に紛れ込めば国境まで楽勝です」
「ノンナ?」
「あとはどこの国に住みたいか、とかですよね。ミュリエル様、暑いのは苦手ですか?」
「寒いよりは大丈夫よ」
「ふんふん。分かりました。国外に出るなら食べ物なんかも重要ですよね!」
「えっと、ノンナ?」
「考えておいてくださいね! あ、そんなにすぐに辞めませんから~」
神官が近づいてきたのを察知し、ノンナは雑巾片手に走り去る。
イザークに「二人で逃げましょうか」と言われたことを思い出す。そんなに私は逃げ出したいような顔をしているのだろうか。
「今のどういう意味かしら?」
「彼女なりに聖女様のことを考えているのでしょう」
「気を遣わせてしまったわね」
「結婚が決まってハイになっているのかもしれませんが……」
後ろにいたイザークが答えてくれる。
「明日、領地から公爵様とレックス様がお戻りだそうです」
「そう……」
「あの娘、タイミングが面白いですね」
「え、何か言った?」
「いえ、独り言です。そういえば魔力の測定はどうでしたか?」
「また増えていたわ。心当たりがないから殿下の研究もなかなか進まないのよね」
魔力測定の場にはイザークは同行できない。
「魔力が増える理由、分かりませんか?」
「分からないわ。殿下は以前、愛が関係しているなんて言っていたけど……違うと思うの」
「私には分かる気がします」
「え?」
ミュリエルが振り返ると、イザークはまた熱をはらんだ目でこちらを見ていた。
思わず俯く。そんな目で見られたら……どうしようもなく嬉しくなる。レックスのことなど忘れてしまいそうになる。
でも、これじゃあ周囲にバレてしまう。そうなると困るのはイザークだ。
「あなたはきっと『愛と憎しみの聖女様』ですよ」
「え?」
「愛と憎しみ、どちらを感じた時にも魔力は増えている。これまでの出来事でそう思いませんか?」
イザークに問われてもミュリエルは答えることができなかった。




