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ぼんやりとミュリエルは馬車に揺られていた。
さきほど最後に話した女性の言葉が頭の中でぐるぐる回っている。
貴族かどうかも怪しい服装と所作。借金と言っていたから裕福ではないのだろう。ミュリエルは貴族だと思って接していなかった。
レックスは愛人を囲うのかしら。公爵のように。
私が流産したから? 子供が産めないと思ってるの? 養子を取る話をレックスも知っているのに? それとも私が仕事をしなかったから? 分からない。どうして?
仕事を彼女に代わりにやらせるつもりかしら。いや、それなら新しく誰か雇う方が安く済む。彼女をそもそも一緒に住まわす気かも。
でも、あんな子を? あんな平民に毛が生えたような女の子を愛人にするの? 確かに若かったけど。でも、ミュリエルよりも数個若そうなだけだ。
自分で言うのもなんだが、ミュリエルは頑張ってきたはずだ。聖女としても、レックスの妻としても。
お茶会などに出るよりも聖女の比重が大きかったが、それでもスタイナー公爵家には大きなプラスとして働いていたはず。
聖女として神殿で働いて、帰宅後と休みの日はレックスに任された仕事をこなして。出席しなければならない王宮の社交には出席して。
レックスの尻ぬぐいだってしてきた。婚約者時代からだったが、最近ではシシリー嬢やレネイ嬢のこともある。
「あなたは何のために生まれてきたか考えたことがありますか? レックス様に尽くして吸い取られるためですか? 聖女として力の限りずっと人に尽くすためですか?」
イザークに言われた言葉が胸に刺さる。
私の愛は、レックスへの愛は間違っていたのだろうか。だって、私の愛が伝わっていたら……レックスは愛人を囲おうとするはずがない。愛が通じていれば、レックスも私だけを愛してくれるはず。そう信じてレックスだけを見てきたのに。
馬車が止まった。どんな顔をして公爵邸に帰ればいいのだろう。
扉が開いてイザークが顔を出す。
「公爵邸ではございません。少し付き合っていただけますか?」
イザークの後ろには公爵邸ではない景色が広がっていた。イザークの手を借りて、馬車を下りる。
「少し歩きましょう」
イザークに言われ、反論する気力もなくそのまま手を取られて歩く。
緑が多い、なだらかな丘を少しずつ登っていく。神殿に到着した時よりも自分の影はかなり長くなっている。
「学園時代に見つけた場所です。悩んだときはここに来ていました。静かですから」
少し高い場所にあるから眺めがいい。
イザークが上着を下に敷こうとしてくれたが止めて、ミュリエルは草の上に座った。そのまま寝転がると雲の流れが見える。土の香りもする。
「静かね」
「はい、とても」
イザークもミュリエルの隣に腰を下ろした。しばらく雲を眺めていると、イザークが口を開いた。
「今日の女性のことを知りたいですか?」
「そうね……まだ頭が追いついていないけど、知らないなら知らないで悩んでしまうから知りたいわ」
「ルーシャン殿下が情報を持っていました。婚約解消されそうなので、エティス嬢との仲を取り持ってほしいという交換条件で」
「エティス様が? あのお二人はとても仲がいいのに。あぁ、だからこの前殿下は落ち込んでらっしゃったのね」
この前のルーシャン殿下の態度にようやく合点がいく。
「王家に嫁ぐとなるといろいろあるのでしょう。そしてレックス様がピータース男爵家の次女を愛人にしようとしている動きを知りました」
「愛人ってほんとだったのね……」
「しかし、その件は公爵夫人が潰すとおっしゃっていましたので大丈夫でしょう。レックス様はまだ公爵家の当主ではありません。動かせるお金も少ない。男爵家の借金の額まではわかりませんが、お金さえ動かせなければ無理な話です」
「お義母様ってよく分からないわ。やっぱり息子への独占欲が強いからそういうことをするのかしら」
ミュリエルをいじめたり、嫌味を言ったり、レックスを叩いたり、愛人の話を潰そうとしたり。最近最も分からないのが義母だ。潰すと言って実は今日の女性をけしかけたのは義母とか?
「私も公爵夫人については分かりません。それにしても、男爵家の次女があんな行動に出るとは思ってもみませんでした」
「そうね」
いや、義母じゃないか。義母は恐る恐るミュリエルを気遣ってくれている雰囲気がある。
それに、あの女性は下手に出ているようで目にはほんの少し優越感が見えた。聖女候補の時からたくさんの人たちと関わってきたから何となく分かる。
「隠していて申し訳ありません」
「いま話してくれたから大丈夫よ。あなたが悪いわけではないもの」
寝っ転がって空を見ながらイザークと会話をする。視線が交差することはない。イザークもミュリエルではないところを見ているようで、焼けそうな視線を向けられることもない。
でも不思議とイザークが隣にいるだけで安心する。
「私の頑張りが足りないのかしら。だから、レックスは愛人を囲おうとするの? 私はただ、私だけを愛してほしいだけなのに」
イザークがこちらに視線を向ける。あの焼けつきそうなほどの視線を肌で感じて、ミュリエルも今度はイザークを見つめた。
「俺は……あなたがいてくれるだけでいい」
ミュリエルの問いには何も答えていない。でもイザークの言葉は、視線は、感情がむき出しだった。
ミュリエルの胸が熱くなる。
嬉しい。どうしてこんなに嬉しいんだろう。
「あなたの夢を見始めた時から、ずっと会いたいと願っていた。今、あなたが目の前にいる」
ミュリエルの目から自然と涙が流れた。




