6(イザーク視点)
いつもお読みいただきありがとうございます!
恰好からして若い平民だろうか。
「あの……知り合いが爆発事故で治癒していただいたので。ミュリエル様、ありがとうございました」
たどたどしく女は頭を下げる。イザークは警戒を解いた。
ミュリエルの護衛についてから、こういう機会は非常に多い。普段神殿に来ないような人ならこんな風に挨拶してくるのだ。邪魔にならないようにミュリエルの後ろに立った。
「その方はもう苦しんでおられないかしら?」
「爆発事故の夢はまだ見るみたいなんですけど、怪我は完全に治癒していただいて。ガラスの破片が目に入ってあやうく失明するところだったと聞きました」
「そう……困ったことや相談があれば神殿に来てと伝えてくれる?」
若い女が頷いて、会話はそれで終了かと思われた。
「あの……もう一つ。援助をしていただけるそうなのでお礼を。ありがとうございます」
「援助? 神殿が?」
「いえ。我が家の借金を肩代わりしてくださると」
ミュリエルはいきなり変わった話題に戸惑っているようだ。
イザークも不審に感じた。神と聖女に感謝という意味だろうか。神に祈って何かいいことでもあったと?
「援助してくださる方が現れたのかしら?」
「はい。あの、でも私、愛人って何をするのかよくわからなくて。だから奥様であるミュリエル様にまずご挨拶だけでもと」
「そのお話は確定ではないはずです」
まずい。
イザークはとっさに無理矢理口をはさんだ。ミュリエルをかばうように背中に隠す。
「え、でもレックス・スタイナー様が……」
「勘違いか騙されたのでしょう。これ以上不確定なことをここで話せば罪に問われます。契約書類でもあるのですか?」
イザークの強い言葉に若い女、いや、ピータース男爵家の娘は驚いたように口ごもる。
「ミュリエル様、この方はおかしなことをおっしゃっておられます。行きましょう」
さっきまで微笑みを浮かべていたはずのミュリエルは、無表情になっていた。
イザークは呼びかけても反応しないミュリエルの手を無理矢理取った。
「男爵家には抗議をさせていただきます」
「え、そんな!」
「それ以上は何もおっしゃらないように」
立ちすくむ娘を鋭く睨むと、イザークは足早にミュリエルを連れてその場を離れた。
油断した。まさかあんな非常識な真似をしてくる貴族の娘がいるとは思わなかったのだ。
いや、それは言い訳だ。
男爵家の娘を愛人にしようという動きは公爵夫人に任せて潰せたと思っていた。
まさか、当の本人が神殿まで来てミュリエルにあんなことを言うとは予想もしていなかったのだ。
向こうから歩いてきた巡回中の神殿の護衛騎士に娘の容貌と、聖女を害する可能性があると伝える。顔なじみになった護衛騎士は驚いてはいたが、娘のいた方向にすぐ走って向かってくれた。
「どうして男爵家の方と分かったの? 格好だけでは分からなかったわ」
イザークに手を取られたままのミュリエルが小さくつぶやく。
「公爵家では、ホルフマン侯爵家でもですが、金に困っている貴族家のことは情報を集めてリストアップしています。借金の申し込みに来るだけならいいのですが『お宅の旦那の子供を出産した』と赤ん坊を連れてくるなど変なゆすりや詐欺まがいの行為を警戒するためです」
イザークは自分でも感心した。よく答えになっていない言い訳がするする口から出てくるものだ。
レックスが愛人にしようとしている娘の容貌だけはイザークも知っていたが、ありふれた茶髪と特徴のない顔立ちであったため実際に会っても分からなかったのだ。それに先ほどの娘は見た目から貴族ではなかった。
情報では領地で家業を手伝う男爵家の次女だったはず。そもそもなぜ領地から離れた王都の神殿にいるのか。
ミュリエルの手を引いて馬車に乗せる。
「私の愛は間違っていたのかしら」
ミュリエルのつぶやきが馬車の扉の向こうに消えた。
彼女はまた知ってしまった。知らなくて良かったレックス・スタイナーの裏切りを。
このままミュリエルをさらって逃げてしまいたい。イザークは馬車の扉を殴りつけたくなった。
ブクマや下の☆から評価をしていただけると嬉しいです!




