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軽やかな足音が近づいてくる。
「ミュリエル様~!!」
結構な速度でベンチに向かって走ってくるのはノンナだ。きちんと止まれるのかしらと不安に駆られたが、ノンナはちゃんと急停止して座っているミュリエルの足に縋りついた。
「お久しぶりですぅ!」
「まだ1日と少ししか経ってないわよ?」
「素晴らしい忠犬ですね……」
イザークが後ろでつぶやいている。くんくんミュリエルの臭いを嗅いでいる様子もあるから確かに犬のようだ。
「だってぇ、これまでずっと一緒だったものですからぁ。はわわ、そのショールをしっかり使ってくださって!」
うーん、ノンナってこんなタイプだったかしら。いつもよりも仰々しい。確かにお世話してもらってほとんどの時間をノンナと一緒にいたけれど。ノンナのいびきや寝顔だって知っているもの。
ノンナはミュリエルが羽織っているショールに目を留めて嬉しそうにしている。
「あ、これから聖女イーディス様による祈りの時間なのです!」
はっとした顔でノンナは私の隣のレネイ嬢に目を向ける。
「礼拝はお済みですか?」
「え、あ……礼拝は先ほど済ませていて……」
「済んでいてもこれからイーディス様とともに祈りを捧げましょう! この前の爆発事故への追悼もあります。ぜひに!」
「え、あ、はい」
ノンナの気迫に押されてレネイ嬢は頷く。爆発事故で即死だった人は聖女の力でも救うことはできない。それに治癒魔法を希望しないで亡くなってしまう人もいる。
「そうと決まれば行きましょう! ミュリエル様、ゆっくり休んでくださいね! また神殿で!」
レネイ嬢の手を半ば強引にとると、ノンナはひらひらと手を振って向こうに歩いていく。
イザークはちょっとだけわざとらしいノンナの言動にヒヤヒヤしながらも、無事レネイ家の令嬢を引きはがすことに成功して安堵した。
去っていく直前、アイコンタクトをしてきたから彼女にイザークの意図はしっかり伝わっていたようだ。
「ノンナに気を遣わせてしまったかしら」
「彼女はやりたくてやっているのだからいいのではないでしょうか。ほら、先ほどのあの男性も一緒に礼拝に向かうようです。二人きりで気恥ずかしかったのかもしれません」
「ふふ、そうかもしれないわね」
そこからミュリエルは気付いた信者に挨拶されたり、話をしたりしていた。
熱心な信者が多く、ミュリエルを揶揄したり嫌味を言ったりする者はいない。今は老婆が泣きながらミュリエルに礼を述べているところだ。孫があの工場で働いていて大怪我を負い、ミュリエルに治癒してもらったようだ。
あの爆発事故の日、ミュリエルとペトラがあの現場から戻ってきて倒れる姿は何人かに目撃されてしまっていた。
「二人の聖女が倒れた」という情報はこれまでそんなことがなかったせいか、すぐに出回り恐怖と共に拡散された。
ラルス神殿長は「魔力をギリギリまで使ったからだ」と発表したが、あの爆発現場を見ていない者には信じがたいことだったようだ。
ノンナ以外の下働きが喋ってしまったのか、ミュリエルの流産の情報も流布してしまっている。どのみちどこかからは漏れていただろう。
「そろそろ戻りますか? 冷える前に景色のいい場所を通って帰りましょう」
「えぇ」
一通りミュリエルが対応を終えて二人きりになる。イザークは夢の話をまた蒸し返そうとは思っていなかった。ミュリエルにはまだ迷いがあるようだ。
レックスとの結婚が間違いだったとミュリエルが認めるにはまだ時間がかかる、イザークはそう判断した。
「あの……聖女ミュリエル様ですか?」
後ろからおずおずと誰かが声をかけてきた。
わざわざ聞いてくるとは信者ではないのかもしれない、とイザークは警戒のため振り返る。着古したワンピース姿の女がそこには立っていた。




