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白いローブをまとっていないと、神殿にいても案外聖女だとバレないものだ。
ミュリエルは動きやすいワンピースを着て、侍女に「肌寒くても日差しを舐めると後々痛い目を見ますから!」と頭に問答無用で乗せられた帽子をかぶっているだけで顔は隠していない。
みんな黒髪で私を認識しているのかもしれない。
「今日は礼拝に来ている人が少ないわね」
「ペトラ様の結婚式が終わったからではないでしょうか。いつも礼拝に来る方々は朝済ませているのでしょう、ペトラ様は出張も多いことですし」
「そうね。聖女の結婚式を祝うためにお休みを取った方もいらっしゃるものね」
イザークと話しながら神殿内を歩く。
神殿には意識的に植樹されているからだろうか、それとも神殿独自が持つ空気感か。とても落ち着いた気分になる。
「ねぇ、ノンナと一緒に歩いている花束を持った男性は誰かしら」
前方を歩いている二人組を見つけてイザークに声をかける。体格のいい男性に見覚えはない。
「イライアス様の同僚の方だと思います」
「あぁ、ペトラによく花束が届くものね。では花束を届けに来た商会の方なのね」
ペトラの夫となったイライアス様は、結婚前から自身が国外に行っているときは毎週花を送るように手配していて、ペトラに鬱陶しがられていた。イライアス様からの花束攻撃は結婚しても相変わらず続いているようだ。ペトラが出張中でも神殿に花束は届く。
「この前、街で一緒にあの二人が歩いているのを見ました」
「まぁ。じゃあそういうことなのかしら」
微笑ましい気持ちで二人には声をかけず、遠ざかる背中を見送る。
「仕事じゃない日に神殿に来るのもいいものね」
ベンチに座って日差しを感じながらぼんやりする。イザークは一緒には座らず後ろに立ったままだ。こんなにゆっくり外で時間を過ごすのは久しぶりだ。
「ねぇ、イザーク。この前、寝ぼけて違う名前で呼んでしまってごめんなさいね。気を悪くしていたら申し訳ないわ」
「いえ……他国では私の名前をアイザックとも読みますから」
「あぁ、たしかにそういう場合もあるわね。でも、なんだかあなたそっくりの男性が夢に出てきたの。彼の名前がアイザックで。だからうっかり呼んでしまったのよ」
こんなことを話す気はミュリエルにはなかった。
でも、公爵邸で気を張っていてもレックスについて考えてしまうし、神殿でゆったり過ごしても思い出すのは助からなかったお腹の子供のことだ。
考えても暗く落ち込んでしまうので、気付くとミュリエルは口を開いていた。
「……夢でその男は馬車に轢かれていませんでしたか?」
「あら、もう話していたかしら。えぇ、そうなの」
「まるでミュリエル様の聖女の力が覚醒した時のようですね。あの時も馬車の事故でした」
「そうね。でもルーシャン殿下の実験で馬や馬車は私の魔力の増幅には関係なかったのよね」
「……夢の中で男はあなたの手を握ってこう言います。『同じ顔で生まれてくるから、君は来世で必ず見つけて』と」
え? そこまでは話していないはず……!
ミュリエルは慌ててイザークを振り返った。
夢の中では閉じられてしまうグリーンの瞳が熱をはらんでミュリエルを射抜いていた。
焼けつきそうな熱い視線。気のせいではなかった。
結婚パーティーの時、私をこんな目で見ていたのはやっぱりイザークだった。
「先に見つけたのは私でしたね」
イザークは驚いているミュリエルの頬に愛おし気に触れた。




