22(イザーク視点)
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明日からは1話更新です。
「婚約解消って一体何をやらかしたんですか?」
「それは……」
巻き込んでおいてなおも言いづらそうにするルーシャン王子。
「言わないなら下りますが」
馬車が走っているにも関わらず、イザークは本気を示すために扉に手をかける。この速度なら時間稼ぎのためにどこかを回っているだけだ。
「待て! レックスの女性関係の情報を渡すから!」
必死でイザークの手を掴んで頭を下げるルーシャン王子。
「殿下、王族ならそのように簡単に頭を下げて懇願してはいけません。自信が全くなくとも自信満々に駆け引きしてください。自分がどんなに不利な状況でも、です」
「なんで俺はここでも説教されてるんだ……」
「良かったですね、私が忠臣で。無茶な条件をつけるような相手ではなくて」
ルーシャン王子は相変わらずしなびている。ここでもと言うことは、誰に説教されたんだろうか、ディーンか? 聖女ペトラにガンガン説教されたとはイザークもさすがに予想できなかった。
「エティスに『人の心はないのか』とか『女性の一大事に女性のことを心配もできない、自分のことしか考えられないクソ野郎ですわね』って言われて……それ以来婚約解消してくれって手紙ばっかり来るんだ。会ってももらえない。贈り物も返される」
「何をやらかしたらそうなるんですか」
「聖女ミュリエルの体調を心配せずに、研究のことばかり話していたから……」
「あぁ、エティス嬢は熱狂的な聖女信者ですからね。そうなるのも無理はないでしょう」
「だから……ホルフマン侯爵家とランバード侯爵家は仲がいいから……」
「うちの母がエティス嬢の母君と仲が良いだけですね」
「だから、その、口添えしてもらえないかと……」
レックス以外のクソ野郎がここにもいたわけだ。
ノンナという下働きが言うには、こういうのは体調が悪くて寝込んでいる妻に対して「俺の飯は?」と平気で言えるタイプ。自分さえ良ければいいタイプだ。
「エティス嬢以外で王子妃にふさわしいご令嬢は……そうですね……」
「いるわけないだろっ! エティスじゃなきゃ嫌だ!」
「ではそれを伝えたらいいではないですか。誠心誠意謝って謝って。許してもらえるまで謝るんですよ」
「会ってももらえないのにか?」
「別に手紙でいいでしょう。真摯に謝れば必ず殿下の心は届きます。毎日書けばいいでしょう」
「本当か? 鬱陶しがられないか?」
そもそもまだちゃんと謝罪もしていないのに、なぜ疑うのだろうか。やってからにしろ。
生きているうちに会えて、しかもエティス嬢はまだ他の誰とも結婚していない。その状況のなんと恵まれていることか。別に鬱陶しがられてもいいではないか。相手が生きていて自分も生きていて、そして自分の気持ちが伝えられるのなら。
どれだけチキンなんだ。考え過ぎだろう。
「レックス・スタイナーは流産したミュリエル様に対して『仕事の追加書類は神殿に届ける』と言いました。ミュリエル様の担当していた領地の仕事ですね」
「は? それは酷いだろう。そもそも仕事ならあいつがすればいい。なんで彼女にやらすんだ? 聖女にしかできない仕事が公爵家にあるのか? まずは目の前の聖女を心底労わるべきでっあっ!」
「殿下が同じことをなさったとは言いませんが……似たようなものです」
ルーシャン王子は自身の言葉の途中で気付いたのか、うなだれる。研究第一だから人より少しずれているのだ。ここまで言えば伝わるのだが。
「母にも伝えておきましょう。殿下がエティス嬢に嫌われてしなびたリンゴ状態で腐りそうだと。いえ、塩のかかったナメクジでしょうか。きっと母は面白がってランバード侯爵家に伝えてくれますよ」
「お前、学園時代は無口だったのに結構ひどいこと言うんだな」
「殿下はずっと帝国に留学されていて最終学年しか一緒ではありませんでしたから。そのように思われているとは心外です」
しれっと返す。そもそも、一年しか一緒にいなかった相手に縋りつく勢いで頼ってこないでほしい。
「それで、こんな感じで情報はいただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、確かにエティスの言う通り、俺はクソ野郎だった。全然人の気持ちを考えていなかった」
なるほど。クソ野郎にはクソ野郎をあてればいいのか。
「レックス・スタイナーと同類にはなりたくない!」
「そこですか。底辺と比べないでください」
「本当に酷いことを言うんだな……」
ルーシャン王子は眉を下げた情けない表情で、情報という名の書類を一枚差し出した。
「昨日の伯爵令嬢はダミーだ。いや、ダミーというかただの昔馴染みだな。学園の時に何度か遊びに行っていたご令嬢だ」
イザークは書類に素早く目を走らせる。馬車の中で書類は読むもんじゃない。酔いそうになる。
「愛人を囲う気なんですか……さすが王家が調べると早いですね」
「呆れたことにな。いや大抵の貴族はやっていることだが、聖女を娶ったのにこんなことをするとは」
「言ったでしょう、底辺だと」
「なんでこんなことをレックスはするんだ? バレたら自分の立場が悪くなるだけだろう。それこそ聖女人気を考えれば、腰抜けスタイナーどころじゃない」
「自分だけを愛してほしいという欲求のためですよ。嫉妬などの感情も入っています。そのためなら何でもやりますよ」
「は?」
ルーシャン王子は本気で分からないという表情をしている。
「分からない方が幸せだと思います。分かったら、もうあちら側です」
「う~ん、気になるが全く分からない……」
ルーシャン王子はまだ少し子供な部分があるが、根はとても素直な人なのだろう。
「そういえば、聖女ミュリエル様の魔力量はあんなことがあって減っていたんですか?」
イザークは気になっていたことを聞いてみる。
彼女が聖女でなくなることはあるのだろうか。怠そうにしていたミュリエルは見たことがあったが、あれほど回復に時間がかかる彼女を初めて見た。流産のせいもあっただろう。大きな工場だったので巻き込まれてケガをした従業員や通行人も多く、重傷者もたくさんいて治癒魔法を相当行使したのもある。
「いや、むしろ増えていた。ますます意味が分からないことにな。魔力切れすれすれまで使ったからといって魔力が回復してあれほど増えるわけでもないし……」
「そうですか」
「愛が関係していると思ったんだかなぁ……彼女は妊娠していたことも知らなかったし……分からん。いろいろ心情を聞こうにも聖女ペトラと神殿長のおかげで会わせてもらえない」
「殿下は本当に純粋ですね」
思わずイザークは感想を述べてしまった。
「それは褒めているのか?」
「褒めています。エティス嬢への手紙には絶対に『研究が進まない』など書かないようにしてくださいね。謝罪とエティス嬢に対する想いのみ書いてください」
「あ……うん。分かった」
馬車から解放されると、空から虹色の花が降ってきた。綺麗なので思わず手のひらで受けようとしたが、花は触れるとふわっと消えてしまう。温かい感触だけが残った。
「聖女の祝福か」
花が降り続く光景は現状を忘れるほど美しかった。
ルーシャン王子にイザークは敢えて言わなかった。イザークには何となくミュリエルの魔力が増える要因の見当がついていた。




