20(ノンナ+イザーク視点)
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「刺し違えに行くような目で向かっていくので驚きました」
茶髪に変装しているホルフマン様は脇道に入ると、ノンナの腕を解放した。カツラだろうか。珍しい黒髪を見慣れているせいで似合わないと感じてしまう。
「刺し違えようにも刃物は持ってません。ホルフマン様はあの方の護衛ですか?」
ため息をつかれた。
「公爵夫人に頼まれて護衛に紛れてレックス様を探っています」
「は?」
「詳しく聞かないでいただけるとありがたいです。というか、あの令嬢との関係が遊びなのか何なのか分からないので、まだ何とも言えません。だから、あなたがレックス様を刺しても暴言を吐いても探れなくなるかもしれないので困るんです。ここは黙って堪えてください」
「また、浮気なんですか?」
「いつものように遊んでいるだけと思いたいのですが……」
「婚約者のいるご令嬢とですか?」
「自分が常識だと思っていることが全く通用しない相手は多々いるんですよ、この世界には」
またもやため息。さっきよりも深く重い。このため息がノンナに対するものでないのが救いだ。
「分かりました。今日はもう帰ります」
「そうしていただけると助かります。しかし……この状況ならすぐウワサになるでしょうね……」
「それじゃあミュリエル様の耳に入ってしまいます!」
「ある程度ウワサは操作できますが。また聖女様は傷ついてしまうかもしれません」
そんな話をしていたところでクラークさんが追いついてきた。彼はキョロキョロしていたが、脇道にノンナがいるのを見ると走ってきた。
「すみません、常連さんに捕まってしまって」
「あはは、もう大丈夫です」
「見失いましたか?」
「いえ……今日はもう帰りますね」
クラークさんは何か言いたそうだったが、ホルフマン様を見て何となく察したらしい。
「今日は王家の犬もいるようです。変に首を突っ込むのは今はよろしくないでしょう。あなたも商人なら鼻はききますね?」
ホルフマン様はクラークさんを一瞥すると、脇道から出て行った。
「どうやら帰った方がよさそうだ。送りましょうか?」
「いえ、お仕事中なのに邪魔してしまってすみません。同僚に買うお菓子を見てから帰りますね」
クラークさんとはそこで別れた。
もうあの支店に行くこともないし会うこともないだろうと思っていた。尾行を言い出すなんて中々変な人だったなという印象だ。
それなのに、クラークさんとはなぜかちょくちょく神殿で会うようになるのだった。
***
「レックスは旦那様とよく似ているわ。このままならそろそろ愛人を囲うはずよ。監視して阻止してくれないかしら」
公爵夫人の部屋に呼びつけられたイザークは目が点になった。
「何か?」
「いえ……承知しました」
「息子がご令嬢とお茶をして少し遊ぶ程度なら目を瞑ってきたわ。でも旦那様のように愛人を囲うなら話は別よ」
知っているのか、公爵の愛人の存在を。公爵夫人は興味がなさそうなので現在進行形の愛人の存在を知らないのかと思っていた。
「旦那様に関しては諦めているの。そもそも会話にならないし、できないわ。以前は好きで愛していてたまらなかったはずなのに、何を言ってもうるさそうにされるもの。だからもう旦那様に関してはかなり前からもうどうでもいいことにしたの。でも、レックスは別。あの子は旦那様のようにはさせない」
「無理矢理引き離すのは逆効果ではないですか?」
「そんなことは分からないわ。でもレックスに話して聞かせても説得できないでしょう? あの子、すぐふてくされるもの。ただ、こらえ性がないから無理矢理引き離したら追いすがる気力はなくて離れるんじゃないかしら」
意外だった。公爵夫人はイザークが思っているよりもずっと母親で、息子の様子をよくわかっていた。
「私はレックス様から遠ざけられておりますので」
「あら、優秀なあなたがいないとレックスはダメよ。それを分かっていてもあの子は認められないわよね。どうせいつかは頼らなければいけないのに。大丈夫よ。あの子が公爵になったら嫌でもあなたに頼ってくるわ」
息子を溺愛して妻である聖女をいじめる義母。公爵夫人に対するイザークのイメージはさっきまでそれだけでしかなかったはずだった。
「頼めるわね?」
息子を溺愛しているのは本当なのだろう。公爵夫人の目には狂気が見えた。
イザークは認識を改める。公爵夫人はウワサよりも賢く、そして狂っている。




