19(ノンナ視点)
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ノンナは怒っていたが、ムニエルの美味しさは分かった。魚が新鮮なのだろう。
すぐに追いつけるからと諭すクラークさんに会計を任せ、ノンナは店から出て二人の後をつけた。
二人の距離はカップルに見えなくもないが、密着はしていない。
二人の後を一定の距離を開けて歩きながら、一体何がしたいんだろうかとノンナは自問する。
ミュリエル様が苦しんでいるのに、あの男は見舞いに最初ともう一回しか来なかった。流産した妻の元にそれだけしか来れないほど忙しいのだろうか、次期公爵って。
何か一言言ってやりたい。でも、ノンナの立場で一体何を言うのだろう。
ミュリエル様は貴族で聖女だ。聖女でなかったらノンナとは普通全く縁のない人だったはずだ。
ノンナは再び唇を噛む。
悔しい。どうしてミュリエル様だけがこんなに苦しまなきゃいけないんだろう。
ノンナの脳裏に「女は損だ」が口癖の女性信者の様子がよぎった。あの言葉が今の状況にぴったりな気がする。貴族が愛人を持つのは暗黙の了解であるし、そういうウワサを聞いてもノンナだって「お金があるもんね~、いいね~」くらいにしか以前は思っていなかったのだ。
「私の夫は浮気しているわよ」
そう言ったミュリエル様の苦しそうな、諦めたような表情を思い出す。なんであんな優しい人が傷つくんだろうか。傷つくべきはレックス・スタイナーじゃないのか。傷ついて我慢して生きていくのは女だ。男は大して傷つかない、後ろ指も指されないんだろう。
あの時、公爵夫人じゃなくてペトラ様が部屋にいたら平手打ちじゃすまなかったはずだ。少なくともグーで殴られて蹴りも入っていたはず。イメージしただけでちょっとスカッとした。
クラークさんはまだ追いついてこない。
誰か知り合いがいて話しているのかもしれないし、実は休憩時間が終わりだったのかもしれないから別にそれはいい。ノンナがやることに巻き込むよりもいいだろう。
レックス・スタイナーとご令嬢はウィンドウに飾られた商品を見ながら楽しそうに何かしゃべっている。
どうしてレックス・スタイナーがあんなに楽しそうにしているんだろう。正直、ジョゼフに対するよりもむかついている。
この雑踏の中で「浮気者」と叫んだらどうにかなるのだろうか。
貴族様だから権力でなかったことにできるんだろうか。正直、この世に呪いが存在するのだとしたら間違いなく私は今すぐレックス・スタイナーに呪いをかけたい。できるだけあの男が苦しんで死にますようにって。一生呪われますようにって。ノブに服の袖が引っかかったり、出かけたら必ず躓くような呪いじゃ足りない。
もっと二人に近付くために足を速めようとすると、後ろから急に腕を取られてグイッと脇に引っ張られる。
誰だろう、クラークさんだろうか。いや、クラークさんの髪はもっと薄い茶色だったし、体躯はこんなに細くない。背もこんなにないよね?
腕を引っ張られたまま脇道に連れ込まれそうになる。え、これってまずくない!?
「ちょっと!」
「静かに!」
脇道に入る直前にノンナの腕を引っ張っていた男は振り返った。
「へ? ホルフマン様?」
なぜか茶髪のイザーク・ホルフマンが目の前にいた。




