17(ノンナ視点)
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恐怖に身震いしながら手早く着替えて、教えてもらった支店に向かう。
「追い返されないかな……」
結婚が決まった時に顔合わせのために新調した一張羅のワンピースを引っ張り出して着てきた。これも燃やして浄化してもよかったのだが、ほとんど着ていない上にこれ以上の一張羅がないので儀式でどうしても燃やせなかった。
名刺に書いてあった名前はクラーク・スミス。
品の良い店内に恐る恐る入ると、化粧ばっちりの愛想のいい女の子が声をかけてくれた。
「え、えっと……クラーク・スミスさんは……」
敷居が高い店というのはプレッシャーがかかる。
なんたってショーケースの中にはお高そうな髪飾りが並んでいるのだ。いや、髪飾りだけじゃない、首飾りとかブローチとか。間違いなく、ノンナが今まで入ったことのない部類の店だ。
「あ、昨日はありがとうございました」
昨日会ったクラークさんが奥から出てきた。昨日と同じようなシンプルな白シャツと黒ズボンで清潔感のある服装だ。がっしりしている体格が店内で目立つ。
「聖女様への贈り物ですね。アクセサリーという感じではないですよね」
昨日迷子になりかけていた人とは思えないほどテキパキいろいろ商品を見せてくれる。
異国風のアクセサリーボックスや可愛いぬいぐるみ、この国ではこの組み合わせを使わないだろうという色合いのテーブルクロス。ぬいぐるみは目の部分に小さな宝石がはめ込まれている。
ジョゼフから慰謝料分割1回目が支払われているが、まだ全額ではない。だが、クラークさんのすすめてくれるものは絶妙の価格帯で、高すぎず安すぎずしかも珍しいものだ。
安心して買い物を楽しみ始めたノンナの目にショールが映る。
鮮やかな商品が多い中一見地味なのだが、ミュリエル様の目のようなきれいな深い紫色だ。
「これにします!」
「あぁ、このショールは軽いですが暖かいファーラン織です。良い物なのですが、これから暖かい季節になりますよ? こちらになさいますか?」
そう言われてノンナは若干悩む。確かにこれから暖かくなってショールはいらなくなるかもしれない。でも、お世話の時に何度か触れたミュリエル様の手は冷たかった。
「ミュリエル様の瞳の色なので、これがいいです」
「この色ならどんなお洋服にでも似合いますからね」
うっかり値段も見ずに決めてしまったが、手が届く範囲だった。良いものが買えたと会計を済ませ、ラッピングしてもらう。
良かった。ジョゼフからの慰謝料は神殿に寄付しようとしたのだが、ラルス神殿長とミュリエル様に止められてしまったのだ。神殿に寄付してお礼をしたかったのだが、この使い方なら自分でも満足だ。
「助かりました! ありがとうございました!」
「また神殿にお届け物に行く機会があると思いますので」
満足できる買い物ができたので、お昼をどこかで食べて帰ろうと飲食店がひしめく方向に足を向ける。
「あ」
「げ」
店を出て誰かにぶつかりそうになって慌てて避ける。なんとかぶつかることは回避したが、謝ろうとして顔を上げるともう二度と会わないだろうと思っていたジョゼフの顔があった。
そもそも神殿に来たら会うかもしれないんだから二度と会わないのは無理か。
ジョゼフは一瞬、バツの悪そうな表情を浮かべたがノンナの持っている荷物に目を留めた。
「慰謝料で早速買い物か。切り替えが早いな」
その嫌味、言わなかったら男としての格を下げなかったのに。というか慰謝料払ってくれてるのってあなたの親だよね? 先ほどのバイオレンス聖女ペトラ様のように一瞬蹴りでもいれてやろうかと思った。
「結婚式が迫ってるのに、浮気して相手を妊娠させる人ほどじゃないよ」
こんな男、さっき見たペトラ様に比べたら全然怖くない。「君とは結婚できない」と最初に言われた時はほとんど何も言い返せなかった。でも、ノンナはもう自分を要らない存在だなんて思うことはない。
「ま。新しく奥さんになる人、大切にしなよ」
話し合いの時に言えなかった言葉を口にする。結局、ジョゼフはあの話し合いの時に頭を下げただけで真摯な謝罪の言葉はなかった。
ノンナはあの時謝罪が欲しかった。でも、もらえなかった。
「愛が分からぬなら、まずは他人にしてもらいたくないことを他人にすべきではない。そこから始めよ。それが義務である」
神殿長が言ったことがジョゼフには分からないか、できないのだ。以前のノンナがそうだったように。だからノンナはこうだよとお手本を示す。ミュリエル様がノンナに優しくしてくれたように。
ジョゼフは驚いたように目を見開いた。
ジョゼフの後ろから女性が様子をうかがいながらこちらに向かってきているのに気付く。
「ほら、彼女来たよ。不安にさせないようにね」
「……悪かった、ごめん」
「うん。もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「ごめん」
「そしたら慰謝料だってあんなに高くならなかったよ。親に心配もかけなかったしさ」
早く言ってくれれば良かったのに。本当にこれに尽きる。謝罪も最初の時にすればよかったのだ。変なプライドで謝罪しなかったら、どんどん罪悪感で押しつぶされて謝罪できなくなっていく。
ジョゼフは女性の方に向くと、彼女の手を取って去っていった。彼女はノンナのことを知っているかは分からないが、それはジョゼフがうまくやるんだろう。女性がもの言いたげにノンナの方を振り返っているが、ノンナは素知らぬふりを決め込んだ。
「大丈夫でしたか? 助けに入ろうかとも考えたのですが……余計こじれるかなと」
店から出てきたクラークさんが遠慮がちに声を掛けてくる。雰囲気からノンナとジョゼフの関係を察しているようだ。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
ペトラ様みたいに修羅場にならなかったし! あれは女性と女性だったけど。手も足も出さなかったし! 私、偉い。
「そういえばお昼はまだなんですか?」
「あ、はい。これから食べに行こうかと」
「なら、これから休憩なのでよかったら一緒に行きませんか? おすすめの店があるんです」
なんだろうこれは。とっても気を遣われているのだろうか。
これまでのノンナなら婚約者もいたので、このようなお誘いは社交辞令であっても即断っていただろう。信者のおじいちゃんやおばあちゃんに一緒にお菓子食べようと言われたら別だが。
でも、ノンナはこれまでと違う自分を楽しんでみることにした。
「いいですね。ぜひご一緒させてください」
神殿から距離のあるこの辺りについてノンナはよく知らない。センスのいい商人のおすすめの店も気になる。
しかし、まさかあんな光景を目撃することになるとは思わなかった。




