16(ノンナ視点)
いつもお読みいただきありがとうございます!
ミュリエル様はすでに起き上がれるようになっているので、お世話はほとんど必要なくノンナは午前中で仕事を終えた。
名刺に書いてある支店に行くために着替えようと足取り軽く歩いていると、何かが落ちる音がした。
「てめぇ、何様のつもりだ」
角を曲がると――そこは修羅場だった。木箱が散乱している真ん中には二人の女性。
情けなく「ひぇぇぇっ」と声を出さなかった自分を褒めたい。
「聖女候補に治癒魔法の訓練させずに床拭かせてるたぁどういうつもりだ」
ペトラ様が積んである木箱をバンっと蹴る。もちろん足で。ガラガラと木箱が落ちる。ひぃぃぃ、さっきのってこの音だったのか。
ペトラ様の前には……聖女候補たちの指導係だ。
「か、かすり傷しか治せない子たちに時間を割くよりも優秀な子に時間を割くのは、あ、当たり前よ」
おおぅ、指導係のベサニーさん。この状況で反論できるのがすごいが声が震えまくっている。確か、このお二人同期だよね……。
ベサニーさんは優秀な聖女候補だったんだけど鉱山の落盤事故の現場から帰ってきてから力が弱まり、かすり傷くらいしか治せなくなってしまった。そして落ちこぼれだったペトラ様がいまや聖女だ。まさに人生逆転。
「アタシみたいに覚醒するかもしれないんだから、平等にするっつう話だっただろうが!」
「そ、それは現場を置き去りにした判断よ。だ、だってあなたみたいに覚醒する子なんて全然出てこないじゃない」
「ああん? いつか出てくるかもしれねぇだろうが。それとも床掃除が訓練なのか? じゃあ他の聖女候補も床掃除してんだろうな? どこだよ? 見せてみろよ、今すぐ」
「い、いつもはしていないの」
ペトラ様、めっちゃ怖い。超怖い。そしてめちゃくちゃ口が悪い。
ペトラ様がキレたらめっちゃ口が悪くなるって本当だったんだ!
「な、なにより指導の人……人手が足らないわ」
「じゃあ神殿長にそう言えばいいだろうが。それとも人手がそんなに足らないんならアタシかミュリエルが教えようかぁ? イーディス様に頼んでもいいが。まぁ、あんた聖女候補だった時から意地悪かったもんなぁ。神官がほとんど通らないとこあの子らに床掃除させてたし。知られたくないんだろ?」
「そんなことな……ぐえっ」
ペトラ様、ベサニーさんの胸倉掴んで揺さぶってる……。
その辺のごろつきより普通に怖い。脅迫? これが孤児院出身のキレっぷりか。いや、孤児院関係ないよね。ペトラ様のキレっぷりよね。神殿で怒らせてはいけない人物No,2は伊達じゃない。栄えあるNo,1はラルス神殿長だ。
げ、向こうに神官いるじゃん。これ目撃されてペトラ様、大丈夫かな。聖女様だから叱責くらいで済むと思うけど、前に暴力沙汰になった時はペトラ様が大乱闘したってウワサで……あ、大丈夫だわ。あの神官、ペトラ様ファンクラブの筆頭会員だわ。すごい勢いで何かをメモしてるのが気になるけど……目がイッちゃってるわぁ。これはペトラ様の勇姿をあますことなく書き留めているのね。
「あんたが聖女候補の時ミュリエルいじめてたの、アタシは覚えてるからね。ミュリエルが許してもアタシは一生許さない。相変わらず、あんたの性根はねじ曲がってるみたいだな。つーかそんなだから治癒魔法使えなくなったんじゃね?」
こ、怖い。怖いけど……このセリフ聞いたらペトラ様が人気あるの分かる気がする。ファンクラブ、そりゃあできるわ。
「次に床掃除してる聖女候補見つけたらあんたの両足の骨折ってやる。立って指導や床掃除どころかおトイレにも行けないだろうなぁ。ヘビみたいに這いつくばってトイレ行きたくなかったら分かってんだろうな?」
私がすでにチビりそう。怖い……これが恐怖。
「治癒魔法かけたらあのオージ様のせいでバレるからな。じゃあ、かけなきゃいいよな」
ペトラ様はポイっとベサニーさんをゴミのようにその場に投げ捨て大股で去っていった。ベサニーさんは木箱の中に放り出される。擦り傷や打撲がたくさんできそうだ。
ほぼペトラ様による一方的な詰りだった。向こうで神官はペトラ様を拝んでいる。
ベサニーさんってプライド高くて私たち下働き相手に偉そうに見下してくるんだよね。神官や神官長、神殿長には媚びてるけど。もし神様が見ているんだとしたら、彼女が治癒魔法をほとんど使えなくなったのはやっぱり彼女自身に原因があるのかもしれない。
それにしてもペトラ様、怖かったぁ。以前のまま私がミュリエル様に食って掛かっていたら、いずれペトラ様に殴られていたかも。ぶるりと体が震えた。
あ、時間がけっこう経ってしまった。早く行かないと。




