14(ノンナ視点)
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「聖女様のお好きなものねぇ」
「なんでも喜んで受け取ってくれるし」
「肉は……イーディス様か」
「お金……ってこれはペトラ様だよね」
「ミュリエル様は公爵家だし、お金には困ってないじゃん? じゃあやっぱり手作りの何かじゃない?」
「お菓子じゃあ毒見がいるよね」
「刺繍したハンカチとか?」
「あ~私刺繍は大の苦手だから……」
「そうだった! ノンナが刺繍したら血染めハンカチになっちゃう!」
「聖女様を呪うのはちょっと……」
「刺繍はしないってば!」
下働きのみんなに聞いてもいいアイディアが浮かばなかった。ノンナはうんうん悩みながら、廊下を歩く。
「ミュリエル様になにかお返ししたいんだけどなぁ」
この前までノンナは聖女様に対して、いや聖女といってもミュリエル様に対してのみひどい態度である自覚はあった。自分の中にずっと黒い感情が渦巻いていて、自分にはどうにもできなかった。それが嫌味……いや暴言として外に出てしまっているのだから質が悪い。
ミュリエル様は非の打ち所がない聖女だ。そんなことはずっと分かっていた。
下働き一人一人の名前を覚えていてくれるし、何をプレゼントしても嬉しそうに受け取ってくれる。彼女の治癒魔法であれば毒を盛られても、酷く病気が進行していても治してもらえる。おまけに貴族のご令嬢で、覚醒した時に助けた公爵家の令息と婚約して結婚。
ここまで並べるとまさに絵本のお姫様のようである。
でも、ノンナはずっとミュリエルが嫌いだった。
あんな非の打ち所がない、神様みたいな人間がいるわけない。絶対にあの人は偽善者だ。私が暴いてやる。そんな気分だった。
でもそんなのは薄っぺらな表面の感情で。
根っこまで見てみたら、自分のあさましいただの嫉妬心だ。ミュリエルを見ていると、自分がとても醜くてちっぽけで要らない卑しい存在に思えて仕方がなかったのだ。その感情を認めるのが嫌でずっと抵抗していた。
でも、婚約者だったジョゼフにも突き放された。元彼女を妊娠させた? あなたも私を要らないと言うの?
ノンナの中で何かが壊れた音がした。それは自分の心のなけなしのプライドにヒビが入った音だったのかもしれない。
そこにミュリエル様が現れて、相変わらず善人ぶったことを言っていた。いつもの癖で睨んでしまったけど、心のどこかで安心していた。
あぁ、私はちゃんと存在していいんだって。ミュリエル様にかばってもらえてちょっと安心した。
そのまま部屋に連れていかれて。私はまだプライドが粉々に砕けていなかったから素直に泣けず、かばってもらえて嬉しかったのにお礼も言えなかった。
「あの男にむかついたからよ」
聖女様の言葉にびっくりした。この人でもむかついたりするんだ、と思った。
そして次に聖女様の口から出てきたのは、ノンナがジョゼフに言いたくても言えなかった内容だった。
ノンナは嬉しかった。でも、ノンナのプライドはちっぽけなくせに頑固だった。
「セージョ様は好きな人と結婚して幸せだから、私の気持ちなんてわかりませんよ。いつも使用人とか信者に傅かれてるし!」
そんな風に言ってしまった。こんなことを言いたいわけじゃないのに。ちゃんとお礼を言えばいいのに。
「私の夫は浮気しているわ」
「彼を愛してたのね。あの感覚は愛していないと分からない。あなたは彼を愛していたのよ」
ノンナのちっぽけなプライドはそこでやっと粉々になった。
聖女様は間違いなく、自分と同じように傷ついている人間だった。それでもその感情を押し隠して他者に優しくできる。ノンナみたいにひどい態度をとらずに、ノンナのような人間にでもちゃんと優しくしてくれる人だった。




