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「ミュリエルよ、聖女をやめたいか?」
ラルス神殿長の部屋は広いが、とても殺風景だ。黄金の像などという豪華な調度品はない。
大きな机とイス。机の上には聖典と書類。特徴的なのは、懸垂をするための鉄の棒があることくらい。
「どういう……ことでしょうか?」
神殿長の唐突な問いにミュリエルは首を傾げた。
「この前のようなことがまた起きんとも限らん。大規模な事故が多発すれば、魔力切れすれすれまで治癒魔法を使わなければいけないときも増えるじゃろう。またお主が悲しむようなこともおきるかもしれん」
「今回は疲れていただけで……」
「ペトラも倒れたからイーディスがお主に治癒魔法をかけた。じゃが、子供は助からんかった。あくまでイーディスの感覚じゃが、母体に優先して治癒魔法がかかっている感覚があったらしい」
厄介なことに、治癒魔法をかけているときの聖女の感覚というのは一人一人違う。
イーディス様は経験なのか、それとも感覚が鋭いのか。傍から見て妊婦と分からないくらいでも、治癒魔法をかけ始めると妊婦だと分かるそうだ。
ミュリエルやペトラにはその感覚はないが、ミュリエルは治癒魔法をかけ始めた時点でその人のどこが一番悪いのかがなんとなくわかり、そこに魔力を流すようにできる。
ペトラはそういう感覚はないようだが、骨折くらいの怪我であれば数十人を一気に治癒できる。
「治癒魔法をかけたから今回のようなことになったのやもしれん。母体にそれだけダメージがあったのじゃろう」
「でも……聖女をやめることはできないでしょう」
「あくまで今すぐは、じゃ。聖女候補の中から力の強い聖女が出てくれば……お主の負担はぐんと軽くなるじゃろう。残念ながらすぐとは言えん。まだまだかかりそうじゃが……」
治癒魔法が使えなくなった、あるいは極端に弱くなったから聖女をやめるというケースはある。やめるというか、やめさせられるというか。
それ以外で聖女の座を降りるなど考えたことはなかった。
「聖女をやめることは考えてもいませんでした」
「そうか」
「今回、治癒魔法が使えなくなったのかと思っていましたが、そんなことはありませんでした」
「そのようじゃな」
「はい」
「辛かったらしばらく休むといい。今回のようなことがないよう神殿も務める」
「大丈夫です」
「次期公爵夫人の社交などもあると思うが、本当に大丈夫か?」
「歴代の聖女様の中には王子妃だった方も侯爵家に嫁いだ方もいらっしゃいました。大丈夫です」
「そうか。だが、覚えておいてほしい。歴代聖女のことなど関係なく、ミュリエルはミュリエルじゃ。ワシはミュリエルの幸せを願っておる」
「はい。分かっております」
ムキムキのスキンヘッドおじいちゃんが真面目に語る姿は大変迫力がある。でも、神殿長の目はいつも優しい。
「治癒魔法は神が与えてくださった素晴らしい力じゃ。じゃが、それだけに頼り続けるのは間違っておる」
神殿長は誰の事を考えているのか、遠い目をする。
「今の時代はイーディス、ペトラ、そしてミュリエル、歴代でも力の強いお主たちがいる。しかし、一人の骨折を治すのがやっとの聖女も以前はいた。聖女に頼りきりでは困ることはその時代で分かったはずなのに……強い力を持つ聖女が現れるとワシらはすぐ忘れてしまう。治癒魔法を持たぬ他国のように医療を発展させることをせず、かけ続ければ回復力が低下するものの治癒魔法があるからと慢心して頼っていてはな……神はなぜ聖女という存在を地上に誕生させるのじゃろうか。ワシには考えても、ずっと分からん」
レックスは私が聖女じゃなくなっても愛してくれるのだろうか。
神殿長の部屋から帰りながら不安になる。
聖女だからレックスと結婚できた。でも、聖女じゃなくなったら? 私の存在意義はあるのだろうか。自分でも驚く。私は思っているよりもずっと聖女という座に固執しているのかもしれない。
聖女でなければ愛されない。そうかもしれない。




