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義母が帰ってから、うとうととミュリエルはまどろみの中にいた。
ぼんやりした意識の中で、目の前に広がっているのは馬車の事故現場だろうか。馬車が横転しており、夢の中でミュリエルは誰かの手を握っている。
骨ばった手から男性のようだ。死にかけている。
あら? これはレックスに治癒魔法をかけた時の馬車事故じゃないわ。街並みも違っていて、神官もいない。野次馬がいるだけだ。
「同じ顔で生まれてくるから、君は来世で必ず見つけて」
男性の顔はぼやけて見えないものの、弱弱しい声だ。早く治癒魔法をかけないと。彼が死んでしまう。
そんな焦りでミュリエルは目を覚ました。
じっとりと首や脇に汗をかいていて気持ち悪い。
「夢……」
リアルな夢だった。体内の流れから魔力が少し回復したのを感じる。体のだるさもかなりマシだ。
部屋を見回すと、隅に贈り物が山積みにされている。手紙がメインのようだ。
治癒魔法を大勢にかけた後は大体こんな感じだ。家族や本人から贈り物と一緒に感謝の手紙が神殿に届く。
しばらくの間、ミュリエルは寝て過ごした。ノンナが休みを返上してまで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
「私、今は婚約者も彼氏もいないんで! ミュリエル様、安心してゆっくりしてくださいね! 私がいくらでもお世話します! さ、体を拭きましょう!」
ノンナは大変張り切っていた。
ペトラはミュリエルが倒れた時に治癒魔法をかけようとして魔力切れで吐いて倒れ、同じく眠っているという。
レネイ嬢のことはイーディス様が引き受けてくれているそうだ。ミュリエルは申し訳なく思いながらも魔力が回復するまでベッドの住人だった。
***
イザークは神殿と公爵邸を行ったり来たりしながら、夢を繰り返し見るようになっていた。
馬車の事故の夢もあるが、集団で砂漠を歩いているときや、戦時中で逃げているときもある。いつだって夢の中では隣にミュリエルがいて、夢の中でイザークは彼女に「ミュリエル」と呼び掛けているのだ。
ミュリエルの容姿は時代によって違う。でもイザークは一目でミュリエルだと分かるのだ。これは本当に前世なのか? それともただの願望が映し出されているのか?
ミュリエルの聖女の力が覚醒したのは馬車の事故があった時だ。イザークはそこにも運命を感じてしまう。自分の一番よく見る夢の内容は馬車の事故だからだ。
もし夢の内容が前世なのだとしたら……。しかし、今世で馬車の事故の現場にいたのは自分ではなく、レックス・スタイナーだった。イザークがあの場にいればミュリエルは今頃イザークと結婚していたかもしれないのに。
ミュリエルに割り振られた仕事をこなしながら、イザークはゆっくり頭を振った。
彼女は今傷ついているのに、何を馬鹿なことを考えているんだ。
でもイザークは夜が近づいてくると期待してしまう。
夢の中でミュリエルはイザークを見て幸せそうに笑うのだ。レックスにするのと同じように。夢の中だけはイザークがミュリエルを独占していた。




