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ちょうどノンナがお茶を淹れてくれて持ってきてくれたところだった。レックスの発言にノンナの持っていたトレイが落ち、ガシャーンと派手な音が響く。
イザークはびっくりしたのか目を見開いている。
ミュリエルも一瞬、何を言われたか分からなかった。
「そっちの方がミュリエルも仕事がやりやすいだろう?」
レックスは何を言っているのだろうか。
感情がぐちゃぐちゃな上に、なんと返答していいのか分からない。レックスがいつもと違う人に見えて、ミュリエルは視線を落とす。
確かにミュリエルは聖女で、自動的に治癒魔法がかかるので体調不良や病気とはこれまで無縁だった。
腐ったミルクを飲んでしまった時でも大丈夫だったし、経験はないが歴代の聖女たちは毒を盛られても魔力さえ残っていれば大丈夫なのだ。
でも、今仕事のことを口に出す必要はあるだろうか。
レックスは私に寄り添ってくれないのだろうか。妊娠に気付いていなくてもお腹にいた子供をなくした喪失感は言葉にできない。
確かに数日して魔力が回復したら体は元気になるだろう。でも、元気になったからと仕事を普通にしろと? もちろん仕事はこなさなければいけないのは分かっているけれど……。
ミュリエルがモヤモヤしていると、パシンッと乾いた音が部屋に響く。
顔を上げると、義母がレックスに対して鬼のような形相で手を上げていた。
「は、母上?」
「お前は……なんてことを……」
義母の目はつり上がり、声は震えている。
ミュリエルは何が起きているのか全く分からなかった。なぜ、義母が溺愛しているはずの息子レックスを叩いているのだろうか。義母が責めるのはいつもミュリエルのはずだ。あの義母が手を上げるなんてありえない。
義母はさらに叩こうとして、レックスに逃げられた。神官が慌てて止めに入る。
「子供を失った女性にそんなことしか言えないなら、出て行きなさい!」
神官に止められながらも、義母は凛とした声でレックスに言い放った。
ミュリエルがこれまで見た中で義母は一番凛として、公爵夫人らしかった。
床にこぼれた液体を拭こうとしていたノンナの口があんぐり開いた。ミュリエルも通常であれば、ノンナみたいな表情をしたかもしれない。
「出ておいき! 仕事はお前がやればいいでしょう! この役立たず! 腰抜け!」
義母の剣幕にレックスも含めて皆、あっけにとられていた。
誰も動けない。義母は鍛え上げた神官を押しのけてレックスに詰め寄ろうとした……が、さすがに筋肉や体格の差があるので無理だった。ただ、義母のあまりの剣幕に神官も驚いて押され気味だ。
凍り付いた空気の中、開いていた扉から白い頭がひょこっと見えた。聖女イーディスだ。
部屋の中にささっと視線を走らせると、イーディスは呆然としているレックスの襟首をつかみ部屋の外に引きずり出す。
「次期公爵様がお帰りだよ。馬車まで送ってさしあげな!」
イーディスの声はよく通る。神官が何人か走ってきた。
「スタイナー公爵夫人。神殿ではお静かに」
イーディスはそう言うと扉を閉めてすたすたと去っていった。誰もが嵐のような出来事にポカンとしていた。
まさかの義母回。
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