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「聖女様、お子様は残念ですが……」
意識を取り戻して、医者から告げられた言葉にミュリエルは言葉を失った。
部屋にはペトラと交代して一晩付き添ってくれたノンナと、神殿長、そして護衛でついていたイザークがいる。イーディスも目を覚ます前までいてくれたらしい。
気持ちがぐちゃぐちゃで医者が出て行っても、ミュリエルはぼんやりしていた。
妊娠していたことも自分で分かっていなかった。
月のものは元から不順だったし、体調の変化は感じていなかった。ペトラも月のものはあまり不順だと言っていたからそんなものなのかと考えていた。
「聖女様、あの時わりと酸っぱいもの食べてましたよね……気付いてればよかった……今気づくとか私どんだけアホ……」
ミュリエルは体が疲れているのと呆然としているのとで涙は出ないのだが、ノンナは医者が出て行ったあとからぐちゃぐちゃに泣きながらミュリエルにスープを食べさせようとする。
ノンナの示すあの時とは、ノンナがミュリエルの部屋に泊まった時の話だ。
「そうだった?」
「はい。私、聖女様の好きなもの知らなくって……ぐずっ。酸っぱいもの好きなのかなって。レモンとか酸味の強いお菓子とサンドイッチ食べてたんで……」
自分でも気づいていなかった。最近、レックスのことやレネイ嬢のことなどでピリピリしていてそんなこと気付いていなくて……。
ピリピリしていたのも体調の変化だったのかしら。
「ミュリエル。食べてまずは休め。昨日の疲れも取れておらん」
「でもきっとレックスが来ますよね……」
「昼過ぎまで来ないように言ってある」
ラルス神殿長はぎこちなくミュリエルを撫でると、部屋を出て行った。
レックスたちに説明しないといけないのかと気が重い。義母は嬉々としてミュリエルを責めるだろう。
「少し眠るわ」
「はい。食べたくなったらいつでも言ってくださいね!」
ノンナはここにいるつもりだろうか。彼女のそばには編みかけの毛糸がある。
口を開くのも疲れたので、ミュリエルはそっと目を閉じた。自分でも気づかないうちに自分の中に芽生えていた命が失われたことを、今は考えたくなかった。考えたら現実を見なければいけない気がして怖かった。
次にミュリエルが目を覚ました時、日が高く昇っていた。
横を見ると、ノンナが口を開けて壁にもたれて寝ている。
しばらくノンナの寝顔を見ていると、扉がノックされた。ノンナはびっくりしたようでイスから少し飛び上がる。「ふがっ」と聞こえて少し面白い。
「スタイナー公爵夫人とレックス・スタイナー様がお見えです」
ラルス神殿長は事前に医者から話を聞くよう手配してくれたようだ。ノンナの手を借りてベッドの背にもたれた状態ではあるが身支度を少し整えた。
「ミュリエル! 大丈夫なのか?」
「レックス」
一番に部屋に入ってきたのはレックスだ。神官を押しのけてミュリエルの側までやってきてミュリエルの手を取る。あとから入ってくるのは外に出ていたイザークと、顔色の悪い義母。
「医者から聞いたよ」
「レックス、ごめんなさい」
「いや……こればっかりはしょうがないよ」
レックスはミュリエルの手を握ってくれる。ミュリエルは安心した。
自分の気持ちはぐちゃぐちゃで、なんと形容したらいいのか分からない。ただ、ほんの少しレックスの「しょうがないよ」には引っ掛かりを覚えた。
義母は人目があるせいか何も言わない。義父は仕事だろうか。愛人宅から仕事に行ったのなら、ミュリエルに起こったことは知らないのかもしれない。
レックスと話したが、体がどうもだるい。昨日使い切った魔力がまだきちんと回復していないようだ。
「今日は外せない仕事があるから行くよ。回復するまでは神殿でゆっくり休むといい。着替えや本なんかは届けさせるから」
「そうするわ」
移動するのも辛いならこのまま神殿にいた方がいいだろう。ミュリエルは頷いた。
「そうだ。ミュリエルに任せている仕事だけど、追加で届いた陳情書があるからそれも神殿に届けるよ」




