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「聖女ミュリエルが流産?」
その知らせが第三王子ルーシャンのもとに届いたのは、ミュリエルが倒れた翌日だった。
神殿と王家は今のところいい関係を保っているが、仲が大変悪かった時代もある。
そのため、王家の手の者は神殿内部で働いておりこのように情報が入ってくるのだ。
知らせがもたらされた時、ルーシャンは婚約者であるエティス・ランバード侯爵令嬢と一緒だった。
「分かった。下がれ」
報告を聞くと、ルーシャンは使いを下がらせる。
お茶を飲んでいたエティスの顔は聖女を想い曇った。ルーシャンは立ち上がると、魔力量を書き付けた紙を持ってきてブツブツ言い始める。
「妊娠していたからあれほど魔力量が跳ね上がっていたのか? そうすると、お腹の子も治癒魔法を使える聖女候補であったということか? いやそもそも聖女に血筋は関係ないか……となるとかなりの確率だな。それは。いや、待てよ。聖女は自身に何かあると治癒魔法が自動的に発動するわけで……もしかすると妊娠で治癒がかかったのか?」
エティスは紙を見ながらブツブツ呟くルーシャンの様子を見て、眉をひそめた。
「爆発事故のせいで魔力が底をつき、治癒魔法が発動しなかったのか? いやもしかすると治癒魔法が発動するのは母体にだけであり、胎児には発動しないのか? 胎児を異物と捉えたのか? 今回は母体にも影響が出ているから、魔力が底をついていて治癒魔法が自動でかからなかったと考えるのが自然か」
ブツブツブツブツ。
ルーシャンは書類とにらめっこしながら一人で呟いている。
エティスはカップを置くと、立ち上がった。彼女のチャームポイントであるミルクティー色の巻き毛がふんわり揺れる。彼女が立ち上がったのは、出ていくためではない。
「ルーシャン殿下」
エティスの涼やかな呼びかけにルーシャンはやっとを上げた。
パンッ
大変いい音が部屋に響いた。
パンッ
さらにもう一回。
ルーシャンの頭は治癒魔法に関する予想でいっぱいで、何が起きたのか理解するまでに時間を要した。どうやらエティスに叩かれたようだ。頬が痛い。しかも、往復ビンタである。
「え、エティス? なんで?」
「なんで? ですって? 殿下。あなたには人の心がないのですか?」
ルーシャンはエティスのことが好きだ。自分で彼女のためにお菓子を買いに行くほどなので、結構惚れている。そんな愛しい婚約者にゴミを見るような目で見られているのだ。ルーシャンは大いに焦った。
なぜだ? 彼女はルーシャンが研究に没頭していても拗ねないし、何も言わない。聖女の大ファンなのでむしろ応援してくれている。何がこんなにエティスを怒らせた? メモばかり見ていたから?
「流産した聖女様のことも全く心配せず、何を治癒魔法のことばかりお考えなのですか? 一言めにあれほど魔力量が跳ね上がっていたのは妊娠していたからか、ですって? 一言めは『聖女ミュリエル様は大丈夫だろうか』とか、聖女様を思いやる言葉に決まっているでしょう!」
エティスは静かにだが、めちゃくちゃ怒っていた。笑みさえ浮かべているのでさらに怖い。
「殿下、あなたは最低ですわ」
エティスは叩いただけでは怒りが収まらなかったらしい。飲んでいた紅茶のカップを持つと、ルーシャンの持っていた資料にぶちまけた。
「エティス!」
大事な資料のインクがにじみ、何が書いてあるか分からなくなりそうなのを見てルーシャンは慌ててナプキンで紙を叩く。
「これで少しは人の気持ちが分かりました? 殿下はいつも控えを作っていらっしゃるので大丈夫でしょうけども」
「これはまだ作ってない!」
「あら、でも下書き段階のノートがあるでしょう。殿下。あなたは女性の一大事に女性のことを心配もできない、自分のことしか考えられないクソ野郎ですわね。今日でよく分かりましたわ」
エティスは可愛い顔で辛らつなことをツラツラ言う。
「聖女様は国にとって大切な存在。幼い頃、病で死にかけた私も聖女様のお世話になりました。そんな聖女様を大事にできない男に国や国民を慈しむことができるとお思いで? 何が治癒魔法の研究ですか。聖女様を国の道具としか思っていないクソ野郎」
エティスは言い終わると、振り返りもせず颯爽と部屋を出て行った。
呆然としたルーシャンと表情を消して頷く侍女、青くなった護衛が部屋に残された。




