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聖女は夫を呪いたい  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売
第三章 愛は簡単に捨てられない

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20(イザーク視点)

いつもお読みいただきありがとうございます!

本日二話投稿します!

 結婚パーティーの時と、初めてミュリエルに紹介された時。イザークはうっかり感情の制御を忘れた。そこからミュリエルに警戒されているのを感じて、無理やり自分を抑え込んでいる。


 彼女は夢のことを覚えておらず、知りもしないのだ。そもそも本当にあったかも分からない。イザークの妄想かもしれない。

 それに彼女はもう結婚している。彼女が幸せならいいではないか。夢に出てきたから彼女が好きなのか。それとも彼女だから好きなのかもイザークは判断できない。


 ミュリエルがレックスと一緒にいるところを見るのは辛かった。でも、ミュリエルが幸せそうならそれでいい。


 レックスがミュリエルに自分の仕事を割り振り始めた頃から、イザークは微かにおかしいと感じ始めた。違和感は消えることなくどんどん大きくなる。

 ミュリエルがたまに難しい顔をしているのは、スタイナー公爵夫人や神殿での仕事のせいかと考えていたのだ。

 シシリー嬢の騒動があっても、ミュリエルは自分をかばわなかったレックスに失望していないようだった。

 晩餐でスタイナー公爵夫人にワインを投げられ、レックスが何も言わずスタイナー公爵だけが怒っていても相変わらずレックスを愛しているようだった。だが、確実にミュリエルから笑顔は奪われていた。まだ新婚と呼べる時期なのに早すぎる。


 ミュリエルの護衛に回されるようになってイザークは嬉しかった。レックスといる時間は、レックスがミスしないようにフォローするのと、キツく注意しないよう非常に気を遣うため苦痛だったのだ。



「あら」


 聖職者のみ入れるエリアにはイザークは入れない。ミュリエルがそのエリアにいる時、イザークは待機だ。

 神殿周りを歩いていると出張から帰ってきた聖女ペトラに遭遇した。護衛騎士にトランクを持たせて、草笛を吹きながら歩いている聖女ペトラに、である。


「先に戻ってて。あんたは散歩に付き合って」


 ペトラは騎士に指示すると、イザークを手招きした。草笛のか細いピィーという音が空に物悲しく響いている。


「ねぇ、あの頼りないクソ野郎は何してんの? ミュリエル全然元気ないじゃん」


 イザークは初めて知ったが、聖女ペトラは大変口が悪い。そもそも聖女が草笛を吹いているのもイメージではありえない。イザークは彼女が孤児出身の聖女であったことを今更思い出し、守銭奴なのも納得した。


「彼はいつも通りです。公爵夫人の嫁いびりはありますね」

「あー、あのクソババアね」


 この聖女、クソババアとは口が悪すぎる。ミュリエルの前ではまだネコをかぶっている方なのか。


「ねぇ、あんた。ミュリエルのこと好きでしょ」


 問い、というか断定だったが聖女ペトラの言葉は唐突だった。

 口が悪いだけの聖女ではなかった。しかし、イザークも貴族の端くれだ。驚愕を隠すくらいは造作もない。


「ホルフマン侯爵家は皆、聖女様を敬愛しております」

「いや、あんたアタシのこと敬愛は……してるか。でも、ミュリエルを見る目を何とかしなさいよ。バレるわよ。あんたのせいでミュリエルに迷惑がかかる」


 草笛がうまく吹けなくなってきた。舌打ちするとペトラは草を足で踏みつぶす。女性の舌打ちをイザークは初めて聞いて思わず瞬きした。


「あんたはミュリエルをよく庇ってるみたいだから、あんたがダメって言ってるんじゃない。ただ、タイミングが悪いってだけ。ミュリエルが他の男と今噂になったらアバズレって言われるかもしれない」

「あ、アバズレ……」


 女性がアバズレと口にするのもイザークは初めて聞いた。


「アタシはあの頼りないクソ野郎嫌いなのよ。そろそろどこぞのゴレージョーから背中刺されたらいいのにいいのにって神に祈るくらいには、嫌い」


 いいのだろうか、聖女がそんなこと祈って。現実になりそうで怖い。

 イザークが否定も肯定もできず黙っていると、ペトラはふんと鼻を鳴らした。


「見る人が見たらバレるから。ちゃんと気をつけてよ」

「聖女様、申し訳ございません」


 バレていて誤魔化せないことを悟ってイザークは謝罪した。ペトラは頷くと大股で去っていく。

 自分のせいでミュリエルが悪く言われるのは本意ではない。ミュリエルが幸せならそれでいい。



 その夜は馬車に轢かれるのとは別の夢を見た。

 自分とミュリエルが結婚しているような夢だ。夢の中でミュリエルは幸せそうにこちらに微笑んでくれる。


 この表情をイザークは現実ではしばらく見ていない。

 今のミュリエルに結婚したばかりのような輝く笑顔が、内側から幸せがにじみ出る雰囲気がないことをイザークは心配していた。


「頭が変になりそうだ」


 夢を見た後は目がさえて眠れなかった。

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